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2020.09.07 (月) 印刷する

ナワリヌイ氏毒殺未遂にみる欧米と日本の「理念格差」 名越健郎(拓殖大学海外事情研究所教授)

 ロシアの著名な反政府運動指導者、アレクセイ・ナワリヌイ氏が8月20日、航空機で移動中に突然倒れたのは、旧ソ連軍が開発した神経剤、ノビチョクと同系統の毒物によるものとドイツ政府が発表したことで、欧米各国はロシアを厳しく非難した。欧米諸国は対露追加制裁に動く可能性が強く、日本政府もG7(主要7カ国)の一員として、「対露理念外交」を迫られよう。

欧米は最大級の表現で批判

プーチン体制下では、反政府活動家や西側に亡命した元工作員、独立系ジャーナリストらの暗殺や暗殺未遂が相次ぐが、カリスマブロガーのナワリヌイ氏は、知名度や若者への影響力で注目され、その衝撃は最大級だ。

同氏を受け入れたドイツのメルケル首相は「毒殺の試みだった」と断定し、ロシアに真相解明を要求。米政府は「完全に非難に値する。ロシアは関与した者に責任を負わせねばならない」と強調した。ジョンソン英首相は「激しい憤り」を表明。仏政府も「最大級の表現で非難する」とし、ロシアの説明責任を追及した。

ロシア大統領報道官は「毒物の痕跡はなかった」と反論したが、ナワリヌイ氏はこれまで化学物質を顔にかけられたり、10回以上拘束されたりしており、プーチン政権の一部が関与した疑いが濃厚だ。

欧米主要紙は事件発生直後から詳細な報道を続けた。毒物投与を人権、民主主義への重大な脅威と受け止め、プーチン政権の闇を暴く論調が多い。これに対し、日本各紙の扱いは小さい。国内の人権や透明性に敏感なリベラル系紙には、もっと頑張ってもらいたいところだ。

安倍対露融和外交は破綻

2年前、ロシアの元工作員とその娘が亡命先の英国でノビチョクを盛られて重体になった事件では、米国とカナダ、欧州連合(EU)が結束し、外交官追放など対露制裁を発動した。

ロシアでは、今回も欧米の新たな制裁は必至とみられている。金融市場はそれを察知し、通貨ルーブルは下落、株価も落ち込んだ。

2年前のノビチョク事件では、日本政府はロシアとの平和条約交渉を優先し、制裁に追随しなかった。日本外務省は他のG7各国に事情を説明し、理解を求めていたとされる。

しかし、世界が注視した安倍晋三首相の対露融和外交は、ロシアの強硬姿勢の前に進展せず、首相辞任で結果的に破綻した。平和条約交渉を口実に単独行動するこれまでのような根回しは通用しないだろう。

日本政府は中国の人権問題や香港抑圧でも、無批判または形式的な批判にとどめてきた。価値観をめぐる外交行動で同調せずにG7にとどまることが可能なのか。日本外交の矛盾が問われかねない。