公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2020.09.09 (水) 印刷する

目を離せぬ沖ノ鳥島沖の中国調査船 黒澤聖二(国基研事務局長)

 従前から指摘してきたことではあるが、わが国最南端の沖ノ鳥島周辺で、中国が虎視眈々海洋権益を狙っている。7月には中国の海洋調査船「太陽号」が、沖ノ鳥島周辺の排他的経済水域(EEZ)内で無許可の海洋調査を実施した(産経新聞8月6日付など)。

海洋調査船は、遠隔操作型無人潜水機(ROV)を海中に投下し、海底にある資源サンプルを採取した可能性も指摘されている。沖ノ鳥島周辺海域の海底には、レアメタルを含む貴重な海底資源が眠ると見られている。

このままわが国は、自国の海洋権益が奪われるのを、指をくわえて眺めているしかないのだろうか。EEZにおける海洋調査を規制する法的枠組みは、どのようになっているのかという観点から見ていきたい。

科学調査に甘い規制を突く

国連海洋法条約はEEZにおける調査活動を、海洋の科学的調査(第246条)と資源調査(第56条)という概念で整理し、前者は沿岸国の同意のもとに、原則開放するが、後者については沿岸国の主権を認め、管轄権の行使を可能としている。

海洋の科学的調査の場合、わが国は、関係省庁間で申し合わせた「ガイドライン(1996.7.20付)」に従い、調査実施国に対し、開始日の6カ月前までに申請を求める仕組みとしている。申請があれば原則、許可する。

しかし、事前に同意申請がない調査、あるいは事前の同意があっても申請内容と異なる活動をした場合はどうか。実はそれ自体を取り締まる法律がない。そのため、結局は外交ルートで抗議する他、打つ手がないという問題がある。

では資源調査の場合はどうか。わが国には、これまで外国船舶による鉱物資源の海底探査を規制する明文規定がなかった。そこで、2011年に「鉱業法」(昭和25年)を改正して鉱物の探査に係る章(鉱業法第4章の2)を新たに設けた。

具体的には、機械を使って海底の堆積物を収集し、あるいはエアガンなどで地震波を発生させ、海底の構造を探査する手法などが規制の対象になった。

これにより、経済産業大臣への申請と許可が明示され、違反行為には「5年以下の懲役もしくは200万円以下の罰金」(同法第148条)を科すことが可能となった。

ここで重要なことは、規制の穴をふさぐため、行為目的でなく外形的行為で規制するようにしたことだ。だから、鉱物採取を目的としない、たとえば地震メカニズム解明のための地層調査など、一見すると科学的調査のように見えるものも規制の対象となる。

中国の抜け道づくりを許すな

菅義偉官房長官は7月17日の記者会見で「(申請のない)科学的調査を実施しているのであれば即時に中止すべきだ」と述べたが、外交ルートで中国側に抗議しているというお決まりの内容だった。

ただ、7月11日と12日、中国調査船が遠隔操作無人機(ROV)を投入したことを日本政府が確認したという報道もある(産経新聞8月6日付)。ROVは船上から有線で操作し、装備したカメラやロボットアームを使い、海底の堆積物などを採取する装置だ。加えて、中国船は、地質を調べる採泥器、地殻の構造を探査するエアガンなども運用していた可能性があるという。

これが事実であれば、中国調査船の行為はわが国EEZ内で改正鉱業法違反にあたる疑いがある。官房長官が記者会見で指摘したような沿岸国の同意がいらない科学的調査というレベルの問題ではなくなり、わが国の管轄権を行使すべき事案ということになる。

わが国の国益に対する重大な侵害行為に拱手傍観は許されない。海上保安庁が隙間なく取り締まりの網をかけるとともに、ガイドラインの見直しも含め、海洋の科学的調査を抜け道にできないような体制整備を進めることが必要である。

軍事的意味にも留意せよ

さて、台湾の国防部が9月1日付で立法院(国会に相当)に中国軍に関する非公開の年次報告を提出したとの報道(産経新聞9月4日付)があった。それによると、中国南海艦隊の艦艇が今年初め、米インド太平洋軍司令部のあるハワイを含む海域で訓練したという。

これは中国が台湾有事に米軍の増援を阻止する防衛ラインとする第2列島線を越えて活動海域を延伸したことを意味する。第2列島線は、小笠原からグアム、サイパン、パプアニューギニアという島嶼を結ぶ戦略上の概念。他方、第1列島線は、九州から沖縄、台湾、フィリピンを結ぶ制海権確保が至上命題の海域である。

沖ノ鳥島は、第2列島線のグアムと第1列島線の沖縄の丁度中間に位置する。したがって、中国にとっては第2列島線で確実に米軍を阻止するための重要な戦略拠点という位置づけになる。

つまり、沖ノ鳥島周辺海域は、レアメタルなどの海底資源を採掘できるだけでなく、軍事戦略上の拠点としても、一層重要性が増してきたと認識すべきだ。

中国調査船の活動は、中国海軍の第2列島線を突破したハワイ沖での行動と無関係ではない。なぜなら、海洋調査で得られる環境データは海軍の作戦行動、とりわけ潜水艦の行動にはなくてはならない情報だからだ。海洋のデータは、蓄積することで実用に供しうる。したがって今後も同種の調査活動は継続されると予想される。

このように中国海洋調査船の活動には軽視してはならない意味がある。そのことをわが国政府はもっと認識し、実力行使も含めた厳しい対応をとるべきではないか。