菅義偉首相は10月19日、訪問先のベトナム・ハノイでフック首相と会談し、防衛装備品の技術移転協定を締結することで合意したが、この意義は大きい。
筆者は2011年9月、防衛大学校の国際教育研究官としてベトナム軍事科学技術院を訪問した。この時、先方から極超短波アンテナ等で共同研究を行いたいと共同文書へのサインを求められたが、当時は両国間に技術移転に関する協定が存在していなかったため断念せざるを得なかった。
これまで、自衛隊とベトナム軍の防衛交流や能力構築支援は、潜水艦救難や水中不発弾処分等の無難な技術に限られていたが、今回、両首脳による技術移転協定締結で合意したことから、両国間での技術交流が活性化して行くであろう。ベトナムは技術的な潜在力が高く、かつハングリー精神に富んでおり、将来の進展が期待できる。
質実剛健、高い潜在技術力
防衛大学校には、大学院に相当する研究科を含めて毎年約100名の留学生が入学する。その内、ずば抜けて能力が高く、日本人学生をも凌ぐ成績を挙げて褒賞を受けるのはベトナムからの留学生である。中には博士号まで取得するベトナム軍の留学生もいる。
こうした軍人は、卒業後、母国に帰り軍事科学技術院等でさらなる技術研究に勤しむが、筆者がベトナムの軍事科学技術院を訪問した際も、通訳を務めてくれたのは、こうした防大の卒業生であった。
写真(上)は軍事科学技術院の学生舎内で撮影したものだが、女子隊舎を含め野戦で宿泊することを想定してエアコンなどは一切なく、ベッドは堅い板に筵一枚を敷いただけの、まさに質実剛健そのものであった(中央、白シャツの後ろ姿が筆者)。
完全武装で300キロ行軍
筆者は約30カ国60校の士官学校を回り、防衛大学校について説明をしてきた。その際、防大の陸上要員は不眠で100kmの行軍を行っていると話すと、大概の士官学校ではビックリされたものだ。しかし、ベトナムの陸軍士官学校でだけは「うちは重量30キロの装備を身につけて300キロの距離を行軍している」と自慢し返された。
ベトナムの陸軍士官学校は2つあるが、1945年に設立された第一士官学校はトラン・クエオク・ツアム大学と呼称される。この名前は度重なる蒙古来襲を追い払ったベトナムの将軍名で、ベトナムでは北からの侵略に打ち勝ったことを大きな誇りとしている。
ベトナムには旧ソ連同様、陸海空軍に加えて「防空軍」がある。ハノイ西にある防空軍士官学校では、ベトナム戦争中に対空火器で91機の米軍機を撃ち落としたことを今なお誇りにしている。
こうした精神力に近代的な技術力が加われば、ベトナム軍は将来、精強な軍に発展していくであろうと感じた。