なぜ、韓国の文在寅大統領が日本にすり寄ろうとしているのか。最近、繰り返し聞かれる質問だ。たしかに、年頭の会見などで文大統領は、戦時労働者問題で日本企業の資産が現金化されることに憂慮し、慰安婦問題で韓国ソウル地裁が日本国に慰謝料支払いを命じた判決にも「困惑」したと語った。司法への介入はできないから日本側が韓国の判決に従えという姿勢だった昨年までの反日姿勢から比べると一定の変化があったことは事実だ。
ただし、その変化について日本では真摯に受け止める反応は少数派だ。だから、私のような専門家にその背景に何があるのかという質問が投げかけられるのだろう。
私はその質問に対して、文在寅政権は東京オリンピックを利用して南北関係の改善を狙っている、そのために歴史問題で一定の譲歩をしても日本に接近したいのだ、と答えてきた。
政権のレガシーづくり
現在の文在寅政権の最優先課題は政権のレガシー(業績)づくりだ。文在寅大統領は政権発足時から北朝鮮との関係改善を最優先にしてきた。3度の南北首脳会談で華々しく南北関係改善がアピールされたが、昨年、北朝鮮は金正恩の妹である与正を表に立て、韓国を敵と見なして全ての連絡手段を絶つと公言し、首脳会談で合意して設置された開城の連絡事務所を爆破した。
文在寅政権は北朝鮮の合意破りに抗議せず、むしろ対北交渉の担当者だった国家情報院長らを更迭して、北朝鮮におもねった。
文在寅大統領が後任の国情院長に任命したのが、少数野党リーダーとして文在寅政権を激しく批判し続けてきた朴智元氏だった。朴智元氏は2000年、金大中・金正日首脳会談の際、裏交渉を担当し、首脳会談実現のために4億5千万ドルの裏金を、国情院を使って北朝鮮に送金し、有罪判決を受けて刑務所に入っていた前科がある。
文在寅政権の対日接近は、その朴智元国情院長訪日から始まった。彼は昨年11月はじめ日本にきて、東京オリンピックを利用して日米南北4カ国の首脳会談をしようと提案して回った。その後、韓日議員連盟幹部の訪日があり、東京大学で博士号をとった知日派の姜昌一前議員を日本大使に任命した。
姜昌一氏は北方領土訪問や天皇陛下への礼儀を欠く発言など過去の言動で日本国内から批判されたが、文在寅政権としては左派陣営で日本語を自由に話す知日派の人材が彼しかいなかったため、過去の言動の検証をきちんとせずに人選したのだろう。
つまり、文在寅政権の対日接近は昨年11月の朴智元国情院長訪日から始まっている。朴智元院長は文在寅政権にとって南北関係を再度好転させるための切り札的人物だ。そう考えると今回の文在寅大統領の日本接近発言の動機も南北関係改善を念頭に置いたものと理解できる。
日本は原則的立場崩すな
菅義偉政権は文在寅政権の接近アピールに対して、距離を置いている。日韓関係を改善したいなら戦時労働者と慰安婦問題の判決によって発生している国際法違反状態を韓国政府の責任で解消せよという原則的立場を崩さずにいる。この姿勢は正しい。
文在寅大統領は冒頭に紹介した会見で、日本側と協議して解決策を探したいという趣旨の発言をした。しかし、国際法違反の判決の結果生まれている関係悪化は韓国の国内問題であり、外交交渉の対象ではない。これまでの日本外交は、日韓関係が悪化すると国際法上の「解決済み」という原則を崩して、謝罪し人道支援するということをくり返してきた。
しかし、2018年10月の戦時労働者判決と今年1月の慰安婦判決に対しては、そのような過去の間違いをくり返さず、歴史的事実に踏み込んだ反論を展開している。その姿勢は評価できる。
外務省はホームページで昨年11月、慰安婦問題に関して従来の日本語、英語、ドイツ語に加えて韓国語版をアップして「強制連行、性奴隷、20万人」説について「史実に基づくとは言いがたい」とはっきり否定してその理由を明記した。
1月8日の慰安婦不当判決が出ると、HPをすぐに改訂して
「この判決は、国際法及び日韓両国間の合意に明らかに反するものであり、極めて遺憾であり、 断じて受け入れることはできない。日本としては、韓国に対し、国家として自らの責任で直ちに 国際法違反の状態を是正するために適切な措置を講ずることを改めて強く求めていく方針である」とやはり韓国語でも明記した。
「話し合い解決」は暴論
ところが、日本国内の専門家の中には、いまだに韓国と話し合いをして解決せよという暴論を公然と主張する者がいる。
木村幹神戸大学教授は産経新聞(2月3日)のインタビューで次のように語っている。
日本政府は徴用工、慰安婦両問題の解決策を韓国政府に求め、提案をはねつけ続けている。この状況は米国や国際社会に、「韓国だけが関係改善に向けた努力をしている」と受け取られる懸念があり、得策ではない。
(中略)
歴史認識問題をめぐって日韓は、戦後ずっと交渉してきた。また、徴用工や慰安婦問題は事実関係の誤りを主張したところで国際社会で理解されにくく、日本には不利な問題でもある。
木村教授のような専門家の暴論に惑わされず、官民が協力して戦時労働者と慰安婦問題での事実関係の誤りを国際社会に広報していくべきだと強く主張したい。