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2021.02.15 (月) 印刷する

ミャンマーより中国制裁が先だ 有元隆志(産経新聞正論調査室長兼月刊「正論」発行人)

 バイデン米政権はミャンマーでクーデターを起こし実権を掌握した国軍高官らに対し、米国内の資産凍結などの経済制裁を科すと発表した。国際的な圧力を強めるため、日本を始め同盟国にも歩調を合わせるよう求めてくるとみられるが、すぐに同調して制裁を強めるべきではない。

もちろんクーデターによる権力奪取は容認できない。民主主義国家としての日本の大原則にも反する。だからといって性急に制裁を科すとミャンマー国軍をますます中国依存に走らせるだけだ。日本はミャンマーに幻想を抱きすぎるとの批判もあるが、そう主張する人たちには米国を含めて言いたい。まずなすべきはウイグル人などへの弾圧に対し、中国に制裁を科すことだ、と。

茂木敏充外相は12日の記者会見で米国による制裁について「非常に限定的な形でミャンマーに働きかけを行うものとの観点から理解をしている」と述べるにとどまり、日本独自の制裁には言及しなかった。

知日派のマイケル・グリーン米戦略国際問題研究所(CSIS)上級副所長は時事通信のインタビューに「日本政府の立場は非常に慎重だ。民主主義を重視するバイデン政権にとってミャンマーへの対応は非常に大切で、日本に強い姿勢を取ってもらいたいと思っている」と語った。グリーン氏はカート・キャンベル国家安全保障会議(NSC)インド太平洋調整官をはじめ政権内に知己が多く、バイデン政権の見方を反映したといえるだろう。

ウイグル弾圧はジェノサイド

米民主党政権はミャンマー問題では、かねてよりアウン・サン・スー・チー国家顧問に傾斜しすぎていた。日本としては、茂木外相が言うように「ミャンマー国軍への働きかけを含め、日本独自の役割を果たす」ことが重要であり、米国などとの共通目標である民主的な政治体制の早期回復を図っていくべきだ。

それでもミャンマー国軍への制裁にこだわる人たちには、先ずもって、いま中国がウイグル人に対して行っている人権弾圧にこそ正面から取り組むべきだと言いたい。

中国政府は2017年3月以降、新疆ウイグル自治区に「再教育施設」などと称して収容所を建設し、100万人以上のウイグル人たちを投獄して拷問にかけ、女性へは不妊手術を強制してきた。ウイグルでの人権弾圧についてポンペオ米前国務長官は「中国共産党体制による組織的な取り組みであり、現在も実行されている」との見方を示した。そのうえでポンペオ氏は、中国政府による少数民族への弾圧を「ジェノサイド」(民族大量虐殺)および「人道に対する罪」であると認定したのである。

ブリンケン新国務長官も上院公聴会で、この認定に「同意する」と述べた。国際条約ではジェノサイドを「防止し、処罰すること」が明記されている。

日本は条約を批准していないが、放置していいはずがない。茂木外相も「最も重大な罪を犯した者が、処罰されずに済ませてはならない」と強調している。これまで日本政府はウイグル問題について「深刻な懸念」を表明するにとどまっているが、与野党から具体的な行動の必要性を訴える声が高まってきている。

安倍晋三前首相は、習近平国家主席との首脳会談を行った際、中国側からウイグル問題を提起しないようにとの働きかけがあったが、これを振り切って透明性ある説明を求めた。だが習氏は、「内政問題だ」として誠意ある対応を示すことはなかった。

中国のミャンマー介入許すな

国家基本問題研究所の田久保忠衛副理事長は、月刊正論3月号で、1989年6月に起こった「天安門事件」に関する外交文書が昨年末に公開されたことを取り上げ、「天安門事件で他の西側先進諸国よりも鷹揚な態度を取ったツケは日本という国家の性格を変えてしまった」と指摘した。

デモに伴う大規模な流血事件の発生など、今後の現地情勢が一段と緊迫の度を増していくようなら話は別だが、日本政府としてはミャンマー国軍に対して、スー・チー氏らの解放や民主的な政治体制の早期回復について粘り強い働きかけを続けてほしい。あわせて中国の介入の動きについても米国などと連携して厳しい警戒の目を向けていきたい。甘い対中姿勢を取り続ければ、天安門事件と同じ過ちを繰り返すことになるだろう。