公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2021.03.18 (木) 印刷する

注目すべき新選挙権法案の米議会攻防 島田洋一(福井県立大学教授)

 3月4日、新たな選挙権法案が米下院を通過した。提案した民主党側は「人民のため法」(For the People Act)という呼称を付けている。コロナ下で緊急避難的に実施された広範囲の郵便投票を恒久化すると共に、オンライン有権者登録、当日有権者登録を認めるなどの内容である。その分、本人確認は難しくならざるを得ない。

採決の結果は220対210。多数派の民主党が全員賛成し、共和党は全員が反対した。どちらに有利な改正か一目瞭然である。共和党側は、憲法上、選挙手続きを決める権限は各州議会にあるとして、そもそも違憲法案との立場である。

バイデン大統領は、上下両院で可決されれば即座に署名して成立させると公言しており、今後、上院での攻防が焦点になる。

共和はフィリバスターで抵抗

上院では、全ての手続きが過半数の賛成で進められる下院と異なり、法案に関しては出席議員の5分の3が同意しないと審議を打ち切って採決に入れない院内規則がまだ生きている。この規則に基づく採決阻止行動が、上院の伝統とされてきたフィリバスターである。

以前は、大統領が指名した政権幹部や裁判官の承認人事もフィリバスターの対象だったが、近年の規則改正で外され、今では法案のみがフィリバスターの対象となっている。共和党はこの権利を発動して、選挙権法の採決を阻止する構えである。

これに対し民主党内では、左派を中心に、上院でも過半数の賛成で審議を打ち切って投票に入れるよう院内規則を改正すべしとの議論が勢いを増してきた。共和党側が州レベルで、有権者の本人確認の厳格化など、選挙権法と逆方向の動きを強めていることも、民主党側の危機感を増幅させている。

規則の改正自体は過半数で可能とされており、現在上院の勢力は民主、共和50対50だが、可否同数の場合、上院議長たる副大統領(現在カマラ・ハリス氏)が決定票を行使できるため、民主党が一致結束して行動すれば規則変更を実現できる。

〝奇手〟繰り出した大統領

しかし、保守系有権者の多いウエスト・バージニア州選出のジョー・マンチン上院議員(民主党)が上院の良き伝統を壊すべきではないと反対意思を明確にしており、フィリバスター廃止は当面困難な状況にある。

こうした中、3月16日、バイデン大統領が奇手を繰り出した。伝統を守るというなら、遡って伝統本来の姿まで戻ろうと言うのである。すなわち、5分の2の議員がフィリバスターの意思を表明するだけで採決を阻止できるとする現行解釈を改め、古典的映画作品『スミス都へ行く』にあるように、実際に議員が議場で演説を続ける限り採決に入れないという「本来の姿」に戻そうというわけである。

もし、それのみが規則上有効なフィリバスターとなれば、少数派は体力の限界までしか採決を阻止できないことになる。今のところ、このバイデン提案が通る見込みはないが、政治状況次第で実現性を帯びてくるかも知れない。選挙権法とフィリバスターという手続きをめぐる米議会上院の攻防に今後とも注意していきたい。