公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2021.03.29 (月) 印刷する

フリゲート艦派遣、ドイツの変化球 佐藤伸行(追手門学院大学教授)

 ドイツ政府は、今年8月にも海軍のフリゲート艦1隻をインド太平洋地域に派遣する計画を明らかにした。新疆ウイグル自治区における中国のジェノサイドに対して、欧州連合(EU)が制裁を科したことと相俟って、ドイツ艦艇のインド太平洋派遣はメルケル政権が覚悟を決めて「中国への牽制」に乗り出したものと一応は解釈される。だが、ドイツの思惑はそれほど直球的ではないし、派遣計画は実施までに微妙に姿を変えるかもしれないことを念頭に置いておくべきだ。中国との対決姿勢を示すバイデン米政権に寄り添いながらも、それでいて中国への刺激をなるべく避けようというメルケル政権の平衡感覚がにじみ出ているからだ。

再び対米協調に軸足

ドイツ政府は昨年9月、「インド太平洋の指針」を策定した。これについては、ドイツも中国包囲網に加わったのだという観測が出たが、狙いはもっと複雑である。

ドイツは「対外関係の多様化」をキーワードとして、行き過ぎた中国への傾斜を是正し、インド洋諸国や東南アジア諸国との関係強化をバランスよく進めようという、いわば「多正面作戦」を宣言したのである。さらに言えば、東南アジア諸国への装備提供の拡大という思惑も透けて見える。

トランプ前政権に対し、ドイツは米国からの自立を模索する方針を隠さなかった。しかし、バイデン大統領の登場によって、ドイツの対米外交は復旧した。バイデン氏の大統領選勝利後、クランプカレンバウアー国防相は連邦軍大学で行った演説で、「最重要の同盟国はアメリカ」であることを確認し、「欧州自立論」には抑制的な態度を見せた。

国防相は「独自の欧州軍創設は多くの提案の一つにすぎない」とし、「ドイツは欧州であり、かつまた大西洋同盟に属する」と宣言し、対中政策でもアメリカとの連携を望む立場を明確にした。ドイツは再び、対米協調に大きく軸足を移し、微妙にフランスとの距離をあけた。

中国にも寄港の観測

インド太平洋地域へのフリゲート艦派遣計画は対米協調の強化に向けた流れの中でまとめられた。しかし、ドイツが一筋縄でいかないのは、バイデン政権の意向を汲んだ上で中国に真っ向から圧力をかける政策というわけではなさそうだからである。

フリゲート艦の寄港地など派遣計画の詳細は不明だが、南ドイツ新聞によれば、日本やインドなどに立ち寄りつつも、中国に寄港する案も首相官邸内部で検討されているのだという。この情報には、それなりの信憑性があると思われるが、もしそうであれば、対中圧力どころか、ドイツ艦の「中国友好訪問」になってしまう。

また、フリゲート艦は帰路、南シナ海を通航することは固まっているが、中国を刺激しない範囲を航行するにとどめるようで、米国の「航行の自由作戦」とは一線を画す。

他方、同紙によると、連立与党の社会民主党(SPD)の外交政策担当の幹部からは、ドイツがインド太平洋地域に関与することに強い反対論が出ている。この幹部は、フリゲート艦派遣は象徴的な意味しか持たないにもかかわらず、中国の誤解を招く危険があると拒絶反応を示した。

ドイツ社会では、パシフィズムが深く広く浸透しており、海外派兵にはほぼきまってアレルギー反応を引き起こす。メルケル長期政権に幕を下ろす9月の総選挙を控え、フリゲート艦派遣計画も各党の思惑に揉まれ、すんなりと実現するかどうか、即断はできない。