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2021.04.22 (木) 印刷する

「アジア正面」に立つ日本の覚悟とは 湯浅博(国基研企画委員兼主任研究員)

 米ソ冷戦は、「欧州正面」が両陣営の主戦場であったが、現下の米中新冷戦は「アジア正面」が主戦場になる。欧州正面の最前線は東西ドイツであったが、アジア正面の最前線は台湾であり、台湾有事は連動して日本の有事になる。中国共産党が日本の尖閣諸島を「台湾の一部」と決めつけている以上、尖閣奪取に動いて先島諸島が戦火に見舞われる可能性が高くなるからだ。

歴史的な対中方針の明確化

バイデン米大統領が就任後初めてホワイトハウスに迎えた外国首脳が、菅義偉首相であったことは、米国が日本を「アジア正面」の基軸とみていることを示している。日米首脳会談後の共同声明は、冒頭で自由民主主義国家が一致して「ルールに基づく国際秩序への挑戦に対抗する」として、同盟の意義を明確にしている。中国に対する地政学的な優位を手にしなければ、気候変動など「グローバルな脅威に対処」できないことを示唆している。

その上で共同声明は、日本が同盟及び地域の安全保障を一層強化するために、「自らの防衛力を強化することを決意した」と自らの手で守り抜く決意を強調したのは妥当であった。しかも、防衛の対象を同盟関係だけでなく「地域の安全保障」としてインド太平洋に置いたことに注意を払うべきだろう。

日米同盟が「アジア正面」で専制主義の中国に共同で対抗する姿勢を打ち出し、曖昧だった日本の対中方針を明確にする歴史的な意義をもつことになった。いうまでもなく菅政権には、そのための覚悟と行動が次に問われてくる。

習近平政権は近年、日米関係にクサビを打ち込むべく、習主席の訪日など見せかけの友好カードを切ってきた。しかし、声明は同盟が「普遍的価値及び共通の原則」に基づく揺るぎないものであるとして、日米分断の余地がないことを示した。菅首相―バイデン大統領の首脳会談によって両国の結束が深まり、日米同盟がインド太平洋戦略の中核として不動であることを印象付けている。

米軍は対中ミサイル網構築へ

米国が台頭する中国と対決する上で、「テロとの戦い」は長く足かせとなってきた。2001年以降、米国はテロとの戦いに少なくとも6・4兆ドル(約700兆円)という日本の国家予算の7年分に相当する巨費をつぎ込んできた。そこで、バイデン政権は可能な限り、中東や欧州の軍事資産をインド太平洋地域にシフトする決意だ。

その典型的な例がアフガニスタンからの駐留米軍の完全撤退であり、バイデン政権は「9・11」の米中枢同時テロ事件から20年の節目となる9月までに完了させるという危険な賭けに出た。たとえ中東方面でリスクが増えるとしても、「専制主義・中国との競争を制する」という地政学的な要請に対応するためだろう。

バイデン政権が先行して発表した予算教書の一部となる裁量的経費でも、「中国の脅威への対抗」を優先事項と位置付けている。武漢発新型コロナウイルスのパンデミック対応に加え、米国は8年間で2兆ドル(約220兆円)規模をインフラ整備に充てるが、この危機的な予算状況の中で、国防費は辛うじて微増で推移している。

インド太平洋軍は今後6年間で273億ドルを議会に要求した。中国の中距離ミサイルにさらされる沖縄県からフィリピンを結ぶ第一列島線に沿って、米軍の対中ミサイル網の構築を想定している。ただ、アフガンからの完全撤退は、現地の原理主義勢力タリバンが息を吹き返して内戦を激化させる危険が大きい。

主権国家としての務め果たせ

今回の日米首脳会談は、バイデン政権にとっても「アジア正面」へのシフトを示す結節点である。北朝鮮の脅威ばかりを強調してきた日本も、共同声明で明白に中国を正面から抑止する姿勢を鮮明にした以上、「防衛力の強化」に対する意思と覚悟が求められよう。

最強同盟国からの支援の有無にかかわりなく、それが主権国家の務めであろう。安倍晋三首相が退任時に出した談話に、2020年内に方向性を出すよう明示されたミサイル阻止力の検討もなおざりにされている。台湾への関与も含め、対中抑止力を強化する時間はあまりに少ない。