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2021.04.23 (金) 印刷する

東芝買収計画に見る深刻なリスク管理の不在 奈良林直(東京工業大学特任教授)

 東芝の車谷暢昭社長兼CEOが4月14日、突然、辞任した。後任には前社長の綱川智・会長が復帰したが、事実上の解任と見られている。

東芝は4月6日に英投資ファンドCVCキャピタル・パートナーズから買収提案を受け入れていた。車谷氏は三井住友銀行時代に辣腕バンカーとして知られ、東芝に移る前はCVC日本法人の会長を務めていた。車谷氏は古巣のCVCを使って東芝を非上場化することで自らの地位を守ろうとしたとの指摘もあり、新経営陣が強く反発していた。

結局、CVCによる東芝買収計画は中断されたが、問題は一企業の経営権争奪と見てはならない。一連の動きからは、我が国の国家としての深刻なリスク管理の不在も垣間見える。

子会社は空母、原潜の原子炉メーカー

巨艦・東芝の迷走は、社内の不適切会計の露呈に加え、買収した子会社、米ウエスティングハウス(WH)社が米国2カ所で建設中の原発4基の建設遅延により巨額の赤字を抱えていたことに起因する。

WH社の経営難をさらに深刻にしたのが、大手エンジニアリング会社「ショー・グループ」で、WH社のEPC事業(エンジニアリング、調達、建設)に関して独占的な権利を持っていた。このなかで日本のゼネコンに相当するストーン・アンド・ウェブスター(S&W)がショー・グループの傘下にあり、プロジェクト全体を仕切っていた。ここが巨額の負債を背負っているのを知らずに、東芝はショー・グループから買収してしまった。

東芝は2億ドルを上限として債務保証する契約のため、2016年度の最終赤字は1兆100億円となった。米国連邦政府は、米国破産法11条(日本の民事再生法に相当)により、WH社を再建型破綻処理により救済した。WH社が空母と原潜の原子炉メーカーであるからだ。このとき、東芝再建の指揮を執ったのが当時の綱川智社長だった。収益の高い医療や半導体メモリの切り売りにより、何とか倒産の危機を脱した。

東芝の存亡は米国の国益にも関係

ここで、我が国の国家としてのリスクも垣間見えると指摘したのは、東芝の事業領域に原発と航空管制やミサイル誘導などの電波産業があることだ。原発は、現在、国内で運転中の沸騰水型原子炉だけでなく、小型モジュール炉(SMR)の候補である高温ガス炉や核融合炉に必要な超電導や今後の脱炭素化に必須とされる水素エネルギー技術なども、海外の投資ファンドには魅力がある。

WH社が現在、米国防総省と開発しているものに、SMRの中でも超小型のマイクロ原子炉(eVinci)がある。基本は高温ガス炉で、10年以上も燃料交換が不要。電気出力は最大2.5万kWで、冷却材が漏洩したり、冷却用の電源が喪失したりするといった従来の原発で想定された事故とも無縁だ。軍事作戦でも、車両で運べるので、従来のガソリンや重油に代わる強力かつ長期間枯渇することなく使える電源になるとされ、超電導レールガンや強力なレーザガンなどを駆動できる。

巨大な米空母の原子炉は、通常は30%程度の低出力で運転しているが、作戦行動に移る際は、わずか1分で出力をフルにできるとされる。原子炉は燃料の入れ替えなしに12~25年の作戦行動が可能だ。潜水艦もしかりである。トランプ前大統領は日本政府を通じ、東芝がWH社の技術を中国に移転しないよう強くけん制していたとされるが、背景にはこのような事情がある。

海外ファンドの暗躍に甘い日本政府

東芝とWH社の例にとどまらず、三菱重工も同じ事情を抱えている。原子力船「むつ」を建造した三菱は当初、中性子線が漏れた事故で批判を浴びたが、太平洋を2回航行し、良好な運転成績を収めている。だが、その技術も、我が国国内で原発事業が縮小方向にある中で〝宝の持ち腐れ〟になりつつある。

これらの国防技術を狙って海外の投資ファンドが暗躍するのは当然といえば当然だ。日本政府の認識は甘すぎる。国の安全保障に直結する企業の買収攻勢については、国家が前面に立って防護し、機微情報の漏洩が起こらないようにしなければならない。そのための法整備も早急に進める必要がある。