公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2021.04.19 (月) 印刷する

処理水放出の風評被害排すには 奈良林直(東京工業大学特任教授)

 菅義偉首相は4月13日、「廃炉・汚染水・処理水対策関係閣僚会議」で、福島第一原子力発電所で増え続けるトリチウムなど放射性物質を含んだ処理水について、政府を挙げた風評被害対策を前提に2年程度の準備期間を置き、海洋に放出すると表明した。昨年8月に経産省の有識者らによる小委員会から「海洋放出が現実的」との報告を受け、国際原子力機関(IAEA)からも科学的根拠に基づく措置と評価を得ていた。

筆者は2年前、海洋放出にあたって処理水を100倍希釈することを提案した。そうすればトリチウムの濃度は国内の規制基準の40分の1、世界保健機関(WHO)が定める飲料水基準の7分の1まで低下する。IAEAの国際機関の目も入れて監視することも決まった。

100倍希釈で3年、飲んでも安全

例えば処理水を毎分1トン放出するにあたって、海水99トンで希釈すれば、年間約52万トンの処理が可能となる。福島第一の処理水は125万トンだから3年で作業は終えられる計算だ。計測値は常に公開すれば良い。放出期間を15年とするのであれば、1日290トンとして年間10万トン。海水は毎時1200トンのポンプで十分だ。

そもそも、自然界には膨大な量のトリチウムが存在している。トリチウムは、宇宙から降り注ぐ高エネルギーの「宇宙線」と地球上の水蒸気が衝突することで生成される。たとえ原発がなくても、我々は日常的にトリチウムを含んだ水を飲んでいる。

しかし、それによって簡単にガンを発症することはない。地球上のDNAを持つ全ての生物には「DNAの守護神」と呼ばれる「P53遺伝子」が存在する。少量の放射線を浴びると、P53遺伝子が活性化し、DNAの修復効果が増すことがiPS細胞の研究課程で明らかになっている。

発がん物質や活性酸素などによるDNA損傷も同様に修復される。極端な話、福島原発の処理水を毎日5リットル飲んでも、年間被ばく量は約1ミリシーベルトで、安全なレベルである。

自己矛盾に満ちた韓国の主張

日本の原発は、濃縮ウランを燃料とし、軽水で冷却する軽水炉を採用している。「軽水」は陽子1個に電子で構成される普通の水で、「重水」は陽子に中性子が1つ結合したもの、トリチウムは「三重水」とも呼ばれ、重水にさらに中性子が1つ追加された原子核だ。

カナダで開発された重水炉(CANDU炉)と呼ばれる原発がある。重水を使うと天然ウランで臨界にできるので、濃縮ウランを作る必要が無い。しかし、炉内で重水に中性子が1つ追加されるとトリチウムができるので、軽水炉に比べてトリチウムの排出は1桁多くなる。日本海に面する韓国の月城(ウオルソン)原発は、4基の重水炉を稼働させており、20年で累積6000兆ベクレルのトリチウムを海洋放出していることがわかっている。

一方、福島第一原発に貯留されているトリチウム総量は、約1000兆ベクレル。つまり、韓国は福島第一原発の6倍ものトリチウムを日本海に垂れ流しているのだ。トリチウム水が危険だと騒ぐなら、月城原発こそ運転を停止しなければなるまい。

国が安心安全の前面に立て

原田義昭前環境相は2019年9月、処理水については「思い切って放出して希釈するしか方法がない」と発言した。ところがそんな中、議論を蒸し返したのが原田氏の後任に抜擢された小泉進次郎現環境相。「福島の漁師の皆さんが、どんな日々を過ごしてきたかに思いをはせなければ、(処理水に関する)発言はできない」と原田前大臣の発言をいとも簡単に否定したからだ。処理水の海洋放出は菅首相の英断で最終決定されたが、小泉氏のような「軽率発言」はマスコミ報道によって風評被害を拡大させかねない。

筆者も度々現地を訪問しているが、請戸漁港をはじめ福島の地元漁港では、真新しい漁船が試験操業を終えて、本格操業へと進もうとしている。福島で獲れた魚については、当面は政府が市場価格でいったん買い取る形にし、安全検査をしたうえで、証明シールを貼って市場に出荷する制度を設けるべきだ。

まずは、政府や東電、地元福島県が率先して消費の音頭を取り、国民に購入を呼び掛ける。そのような具体的な対策に加え、メディアも紹介に力を入れれば、風評被害は防止できる。もともと福島の魚は美味しいと評価が高い。官民挙げての取り組みで1,2年も実績を積めば、風評被害は払拭されるはずだ。