公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2021.05.31 (月) 印刷する

LGBT法案審議に見る「大丈夫か自民党」 有元隆志(月刊正論発行人)

 「気を付けよう、暗い夜道と3回生」―。これは麻生太郎副総理兼財務相が4月1日の自民党麻生派例会で、防犯に使われるフレーズを使って、自民党が政権に復帰した2012年以降3回の衆院選で当選してきた若手らに対し、選挙準備を怠らないよう戒めた言葉だ。この「3回生」をそっくり「性的少数者(LGBT)法案賛同者」、「親中派」、「選択的夫婦別姓推進論者」に入れ替えても通じそうだ。

宗旨替えした稲田元防衛相

LGBT法案は自民党も含めた与野党の実務者で合意したものの、法案に盛り込まれた「性自認」や「差別は許されない」という文言をめぐり、差別の定義が不明確なことに加え、訴訟の乱発につながりかねないことから、自民党の保守派を中心に反発が相次いだ。結局、党執行部は法案の今国会提出見送りを決定した。

それでも推進派の稲田朋美元防衛相は国会提出を目指す考えを示している。稲田氏はかつてLGBT法案と同様の危険性と弊害が指摘された人権擁護法案には強く反対した。産経新聞の阿比留瑠比論説委員兼政治部編集委員が5月27日付朝刊「阿比留瑠比の極言御免」で書いたように、「2つの法案に対し、稲田氏の見解がここまで違う理由が理解できない。いつどうして宗旨変えしたのか」と言いたい。

「選択的夫婦別姓」も同様だ。自民党は2010年の参院選の公約で、当時の民主党が導入を検討していた選択的夫婦別姓制度に反対することを掲げ、安倍晋三政権になってからは、旧姓の使用範囲の拡大を訴えてきた。それが安倍政権から菅義偉政権となって、選択的夫婦別姓賛成論者が急に動き出した。深い議論もないままに制度を変えようとする動きは危険である。

1986年の衆参ダブル選挙で自民党が勝ったとき中曽根康弘元首相は「ウィングを左に広げる」という有名な言葉を残した。伝統的な支持基盤を残しながら、都市中間層にも支持を広げていくという戦略だった。中曽根氏は「左」にウィングを広げようと試みたが、「右」からの撤収、つまり「右」の支持層をないがしろにすることはさらさら考えていなかった。稲田氏らのやっていることは「右」からの撤収であり、自民党の支持基盤を失うことにつながるとの認識がないのではないか。

「中国」抜きの人権侵害非難決議案

LGBT法案などに血眼になる自民党議員には、その熱意を今国会での採択が焦点となっている中国の人権侵害に対する「対中非難決議案」に向けてほしい。この決議案は香港、チベット、新疆しんきょうウイグル自治区や南モンゴルなどで、現在進行形で行われている人権侵害行為を非難している。ところが、決議案の原案には肝心の非難の対象である「中国」の国名は明記されていない。国軍が市民を弾圧しているミャンマーの国名は入っているにもかかわらずだ。全会一致の国会決議の実現を優先し、自民党や与党公明党の親中派に配慮したためというが、何のための決議かわからない。

自民党は多くの問題を抱えながらも、政権与党として国民の支持を得てきた。多くの国民にとって政権を託せるとの思いが残っているからだろう。かつての派閥全盛時代は「派閥政治」との批判も強かったが、先輩議員が新人議員らの教育係となっていた面はあった。ところが、中選挙区から小選挙区制度になり、派閥の力が弱まった。

年功序列、当選回数至上主義からの脱却は政界に新しい風を吹き込んだ半面、議員たちの自己主張が目立つようになり、派閥、部会、政調、総務会と議論を経て政策を決めていく自民党の伝統は失われつつある。LGBT法案はその最たるもので、もともとの自民党案から超党派の議員立法である理解増進法案となって、その性格が変わった。政策決定の手続きとしてもおかしなことだ。

自民は保守政党の矜持と責任を

麻生氏が首相だった2009年8月の総選挙では、すでに各種世論調査で民主党(当時)のほうが支持率は高く優位に立っていた。だが、いま再び民主党を継承している立憲民主党を中心とした野党に政権を任せようと考える国民は多くない。世論調査の政党支持率をみても、自民党は4割近くを維持しているのに対し、野党第一党の立憲民主党は10%にも届いていない。産経新聞とFNNの5月の調査では、自民党35.3%、立民7.7%だった。

自民党は保守政党として、よりよい社会、国をつくるために変わるべきところは変わっても、伝統を変わらず守っていくとの矜持、そして日本国のかじ取りを担っているとの責任感は持ち続けるべきだ。

そしていま、自民党の国会議員が総力を挙げて取り組むべき課題はLGBT法案ではない。なにより日本国、日本国民の安心・安全を守ることであり、それは目下の新型コロナウイルス対策であり、そして迫りくる中国の軍事的台頭に対処するため防衛態勢の整備を急ぐことではないのか。