アメリカのバイデン政権は、多くの外交・軍事資源を米中新冷戦の「アジア正面」にシフトしようとするものの、中東の火薬庫とロシアの拡張主義という2つの壁に阻まれる。パレスチナ自治区ガザを支配するイスラム過激派組織ハマスのイスラエル攻撃と、北極圏の覇権を握ろうとするロシアへの対処である。とりわけ、イスラエルとハマスの戦闘は、長引けばアメリカ外交の柔軟性が失われ、代わって中国に国際社会における指導力を誇示する機会を与えてしまう。
国連利用し中国批判の相殺図る
ハマスがロケット弾攻撃を繰り返す以上、バイデン政権はイスラエルには「自国を守る権利がある」として空爆を擁護せざるを得ない。中国にとっては、アメリカを「イスラエル寄り」と非難することにより、ヨーロッパ主要国を引きはがす絶好の機会であった。しかも、バイデン政権のイスラエル擁護は、それまでの新疆ウイグル自治区の人権侵害や香港弾圧に対する中国非難を相殺し、一気に逆転させる「天の配剤」であろう。
中国は国連安全保障理事会の議長国という立場を利用し、「空爆によるパレスチナ市民への虐殺」を強調して国連を反米へと誘導した。まずはチュニジアとノルウェーを巻き込み、イスラエル軍とパレスチナ武装勢力の双方に軍事行動の停止を求める声明案を働きかけた。
実際には研究機関、クライシス・グループの国連部長、リチャード・ゴワン氏が言うように、中国の国連外交はガザ住民の苦しみへの同情や配慮などではない。それはむしろ、ウイグル問題をすり替えるためのゲームの道具に使う無慈悲なものである(ロイター、5月19日配信)。
イスラエルの同盟国アメリカが声明に反対するのを待ち受けて、中国の王毅外相は「声明の発表を妨害している」と非難を浴びせた。ブリンケン国務長官は「停戦目的に向かって前進できるなら賛成する」と、苦しい反論するしかなかった。
米は対ロ関係の安定化で対抗
イスラエル政府とハマスの停戦が5月20日にまとまって、アメリカは中国主導の国連安保理の非難からようやく解放された。この間、北極圏にある周辺諸国を歴訪中だったブリンケン長官は、緊張緩和に向けた電話協議を余儀なくされ、ゆく先々で記者団から国際社会で責任ある行動を求められてきた。
その直前に開催されたロシア、北欧諸国からなる北極評議会の閣僚会議後、北極海航路の通航に関して「ロシアが違法な海洋権益を主張しており、国際法に矛盾している」と批判した。ブリンケン長官はその直後、ロシアのラブロフ外相と米露外相会談では、一転して対立的な言葉を消していた。長官は「私たちの利益が交錯し、重なり合う分野がある」と寛容になり、ラブロフ外相もまた、双方の政策の不一致を強調していたものの、「戦略的安定性の問題」には協力できると応じた。
米露外相は「ともに協力できる政策」の事例として、イランの核開発計画、アフガニスタン、そして朝鮮半島を挙げ、ラブロフ外相は米露関係の安定化に向けた第一歩であることを強調していた。ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)紙など米欧各紙は、アンカレッジの米中高官協議の険悪な雰囲気との違いを強調し、バイデン政権が北京を「最大の敵対国」としているところから、モスクワとの関係には柔軟に対処する構えであることを指摘していた。
問われるバイデンの指導力と実行力
トランプ政権の大統領補佐官だったジョン・ボルトン氏は、アメリカ外交の喫緊の課題は、インド太平洋地域に対する中国の軍事、経済的な攻勢に対する長期の課題であり、バイデン政権には依然、「インド太平洋戦略の青写真が欠けている」と批判する。その上で、オバマ大統領もトランプ大統領もインド太平洋への「リバランス」や「方向転換」に失敗したと指摘し、バイデン大統領は「出足でつまずいた」と中東パレスチナ問題に加えて米韓首脳会談を論評した。
中国にとって北朝鮮の軍事的脅威は、国際社会からの対中警戒の目をそらすのに役立っており、米韓首脳会談後の共同声明は、中国について「遠回しにしか言及していない」と処断し、韓国の抱き込みに失敗したことを苦々しげに語る。
ボルトン氏は日米印豪の戦略枠組み「クアッド」の対中抑止に対する重要性を強調し、今後、「クアッド・プラス」として韓国を引き込んで「クイント」(5カ国)にするか、韓国がダメなら台湾かシンガポールの参加を働きかけるよう提言している(5月24日WSJ)。
すでに連邦議会も超党派で、中国に厳しい「戦略的競争法」を上院で審議して、バイデン政権の尻を叩いている。この法律は人工知能、ロボット工学、半導体など公共開発のための10の主要技術を対象とし、略奪的な貿易慣行を取り締まり、人権侵害の抑制を組み合わせており、政権が緊急に必要な法の裏付けで中国に反撃しやすい環境を整えている。
バイデン政権による「アジア正面」へのシフトは、アメリカ国内のコンセンサスになっており、大統領のリーダーシップと実行力が問われる。