公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2021.05.24 (月) 印刷する

LGBT法案の成立を阻止せよ 有元隆志(産経新聞月刊「正論」発行人)

 「日本にもジェンダーという毒が一滴ずつ漏れてきている」―産経新聞の「正論」欄(令和2年11月4日付)にこう書いたのは、麗澤大学のジェイソン・モーガン准教授だ。モーガン氏は「『ジェンダーフリー』という和製英語のおかしな教育が学校に持ち込まれ、批判を浴びてきた」と記したが、いまそれが国会にまで持ち込まれ、一滴どころか大きな河の流れとなって、性的少数者(LGBT)への理解増進を図る法案の成立を目指す動きが加速している。

焦点となっているのが「性的指向および性自認を理由とする差別は許されないものである」という法案の目的と基本理念だ。自民党案では医学用語として使われる「性同一性」となっていたが、公明党の主張を入れてより概念の広い「性自認」とした。「差別は許されない」は立憲民主党の主張に配慮して追加された。もともと、自民党案は性的少数者の存在を理解し、寛容な社会をつくることを目的としていたが、公明党や立民などの主張を取り込んだために、がらりと法案の性格が変わってしまった。

自民党案の理解増進から、すべての性的指向や性自認を等価値に扱わないと「差別」であるとする差別禁止法案の趣旨を持つようになったのだ。しかもその「差別」の定義が不透明である。

反対派を「差別主義者」呼ばわり

「多様性」は認めるべきであるが、「性自認」を認めなければ差別になるというのでは、民主党政権下で検討された人権擁護法案と同じである。同法案は人権侵害の定義があいまいで、恣意的な運用が可能だったうえ、表現の自由を侵害する言論弾圧法案だった。当時も反対派は「差別主義者」というレッテルを貼られた。

今回も似たような光景が展開されている。5月20日の自民党の「性的指向・性自認に関する特命委員会」などの合同会議で、法案に異論を唱えた山谷えり子元国家公安委員長が「LGBTは種の保存に背く」あるいは「道徳的に認められない」などと発言したかのように誤解を招く情報が拡散した。

山谷氏がこの場で紹介したのは、「身体は男だが、心は女性だから」ということで米国では女子陸上競技に出場してメダルを獲得するケースが起きていることだった。山谷氏はこうしたケースを「ばかげたことがいろいろと起きている。このまま自民党として認めるには大きな議論が必要だ。しっかりと議論することが保守政党としての責任だ」と強調したのだった。

メディアにも決めつけ報道

この発言をとらえ、時事通信は「差別解消を目指す動きをやゆしたとも取れる発言」と伝え、立憲民主党の蓮舫参院議員は自身のツイッターで「時代は変わり、社会は変わる。政治はその時々に応じた対応を何よりも求められます。ご自身の思想信条と相入れないことを『ばかげたこと』とどうか、切って捨てないでください」と書き込んだ。

山谷氏の発言のどこが「やゆ」であり、「切って捨て」ているのだろうか。女性の人権、地位向上を重視する蓮舫氏のことだから、米国の各州で起きている議論を知らないはずがないだろう。コネティカット州では数年前、トランスジェンダーの陸上選手が州の大会で優勝を独占したため、他の出場選手らが競技への参加資格について「自認する性」を優先する州の方針に異議を唱えた。

コネティカット州でのケースは極端という見方もあるが、一般的に男性選手がスポーツで身体的に優位性があることを否定する人はいまい。そうした身体的優位性、平等、人権など、さまざまな観点から問題点を議論すべきということを山谷氏は提起しているのだ。

「理解増進」から趣旨が変質

LGBT法案は、国や自治体が性的指向や性自認の多様性に対する理解増進を図る施策を実施することを明記した。政府は毎年、施策の実施状況を公表しなければならないとし、事業者には、労働者への普及啓発や就業環境の整備、相談機会の確保を求めている。つまり、各省庁や地方自治体、企業の施策がすべての性的指向、性自認を等価値なものとして捉えているかを点検し、大きな政策課題として位置づけることが求められる。単なる理解増進法案ではないのだ。

特命委員会の稲田朋美委員長は20日の会合の冒頭、「日本がちゃんと多様性を認める、そして寛容な社会をつくっていく。それができるのは保守政党である自民党だけです」とあいさつした。そうであるならば、5年前の自民党案を堅持すべきであり、選挙目当てに妥協することがあってはならない。稲田氏には「保守政党」の看板を外す気かと問いたい。