公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2021.05.24 (月) 印刷する

バイデンは中東和平環境を築けるか 森戸幸次(中東問題研究者)

 2021年春、イスラエルとハマスの軍事衝突は、ガザを主戦場に長年繰り返されるパレスチナ問題の根深さと悲惨さ、そして解決の至難さを、私たちにあらためて考えさせる機会となった。これを奇貨として政治解決へ主導する国際社会の取り組みが必須だ。

過去4年間、トランプ米政権時代の中東は、昨年9月の「アブラハム合意」(イスラエルと湾岸諸国の国交正常化)に見られるように、パレスチナ問題の解決を事実上棚上げしたまま、イスラエルとアラブ諸国の関係改善が進んできた。

トランプ政権は国際的に帰属未定のエルサレムをイスラエルの首都と認定したり、占領下にあるヨルダン川西岸のユダヤ人入植地やヨルダン渓谷のイスラエル併合を容認したりし、イスラエルとパレスチナの「2国家共存」を支持する米歴代政権の中東和平政策は完全になし崩しになった。

「2国家共存」を再び推進へ

バイデン新政権は再び「2国家共存」を推進する構えだが、和平交渉を通じてこれを再始動させるためには、トランプ時代にイスラエルに傾斜しすぎたパレスチナをめぐる中東紛争の力のバランスを見直す必要に迫られていたのも事実だ。

中東は、力と意思が支配する冷厳な権力政治の世界であり、とりわけ中東紛争の当事者たちは、「イスラエルは力と抵抗だけを理解する」(ハマス)として、軍事解決に活路を見出す傾向が強い。と同時に、「ガザの戦いは政治解決を通して決着できる」(同)とも認識しており、和戦両様の構えも崩していない。

イスラエルは近年、東エルサレムでも入植活動を加速化、同地区北側にあるシェイクジャラからのパレスチナ人強制立ち退きをはじめ、今年4月の「ラマダン」(断食月)以降、同地区にある旧市街への出入り口に治安部隊がバリケ-ドを設置、イスラム教徒とユダヤ教徒の聖地「神殿の丘」への礼拝を制限した。

また、54年前の東エルサレム占領の日を記念して5月10日に極右グル-プが旧市街のイスラム教徒地区でデモ行進を計画、同日朝、警察・治安部隊が「神殿の丘」に侵入し、パレスチナ人との衝突に発展した。そして同日夜、ガザを実効支配するハマスがエルサレム、テルアビブなどを標的にロケット弾430発を一斉発射、イスラエルもガザの130ケ所に報復の空爆を行い、2014年以来のガザ戦争が再噴火した。

双方が一歩も退かぬ構え

5月20日、停戦合意した双方のバランスシ-トを比較すると、イスラエル側の空爆1500回、ハマス側のロケット発射4360回で、死者はパレスチナ側で243人、イスラエル側も12人が出た。しかし、双方とも「今回は地上侵攻せずにハマスとの力の均衡を変えることができた」(ネタニヤフ首相)、「イスラエルの敗北はエルサレム解放闘争に重大な影響をもたらす」(ハニヤ最高指導者)と一歩も退かない構えだ。

こうした中東の軍事バランスの変化を受けて、米国、欧州、日本など国際社会はどう動くのか。とりわけ米国はガザ停戦交渉で、「『2国家共存』が中東に平和をもたらす最善の道」(バイデン大統領)と双方を説得したが、はたして新たな和平環境の構築へ向けたイニシアチブを発揮できるのか、これがガザ停戦後の中東の行方を占う一つの焦点になるだろう。