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2021.05.31 (月) 印刷する

お粗末過ぎる日本の「ワクチン外交敗北」 名越健郎(拓殖大学海外事情研究所教授)

 国内の新型コロナウイルスのワクチン接種は引き続き混乱しており、100人当たりの接種回数は5月28日時点で8.9人で、世界108位だ。(日本経済新聞と英フィナンシャル・タイムズ紙の調査)。イスラエルは同116人と2回目の接種に入り、米国も87人。日本は手間取っていた韓国(12人)にも抜かれた。ワクチン開発競争は力負けだったが、戦略物資となったワクチン確保は熾烈な外交競争であり、日本の外交力不足を見せつけた。

菅首相が在米大使館に激怒

菅義偉首相は4月中旬に訪米した際、ワシントンからニューヨークに本社のある米製薬大手ファイザー社のブーラ最高経営責任者(CEO)と電話会談したが、この時首相は「どういう根回しをしているんだ」と顔を真っ赤にして在米日本大使館関係者らを怒鳴りつけたという。(『週刊現代』5月1・8日号)

当初はブーラ氏が来て会談する見通しだったが、到着後、会えないことが分かり、電話協議となった。会話時間も10分間で、通訳を挟むと実質5分にすぎない。

接種率が最も高いイスラエルは、ネタニヤフ首相がブーラ氏と17回オンラインで会見し、イスラエルへのワクチン優先提供を約束させたという。ブーラ氏はユダヤ系、ネタニヤフ首相は駐米大使も務め、英語が堪能なことも効果があったようだ。

なぜ面会がキャンセルになったのか、なぜ10分だけなのか、なぜ日本からもっと早く電話しなかったのか―。突っ込みどころは満載である。

EUの対日ワクチン輸出も混乱

イスラエルでは、情報機関のモサドが早い段階から動き、在米大使館と連携してファイザー社に接触していた―と同国のメディアが報じている。

モサドは著名な情報機関だが、正規のスタッフは2500人。「職種」は異なるが、日本外務省の職員6400人には及ばない。

ワシントンの日本大使館には日本人だけで150人、ニューヨークの総領事館には40人のスタッフがおり、在外公館が積極的にワクチン確保に動くべきだった。コロナ禍で外交の多くが停止しており、ワクチン外交に集中できたはずだ。菅首相の怒りも理解できる。

ファイザー製ワクチンの多くは欧州での生産分が日本向けとなり、域外輸出に欧州連合(EU)の承認が必要だが、対日輸出の承認が遅れた。EU駐在の在外公館は承認を急がせる外交努力をしたのだろうか。

日本の在外公館では、駐タイ大使が緊急事態宣言のさなか、バンコクのナイトクラブに出没し、コロナに感染したことが報じられたが、在外公館がワクチン確保に奔走したという話は聞かない。

北朝鮮の日本人拉致問題や北方領土問題でみられた日本の外交力不足が、「ワクチン外交敗北」でも示された。