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2021.06.01 (火) 印刷する

カーボンニュートラル先進県・福井の心意気 奈良林直(東京工業大学特任教授)

 菅義偉首相は、2030年に向けた温室効果ガスの削減目標について、2013年度比で46%減を目指すと表明し、さらに削減目標の前倒による国際協力の必要性を訴えている。

バイデン米大統領も、2025年までに2005年比で26%~28%削減する従来目標を大幅に引き上げ、2030年までに50%~52%にすると表明した。中国の習近平国家主席は、2030年までに二酸化炭素(CO2)の排出量を減少に転じさせ、2060年までに実質ゼロを実現できるよう努力すると表明している。

だが、このような数値目標を達成するのは各国とも容易ではないはずだ。なにより、そのために負担することになる膨大なコストをどうするのか明確ではない。しかし、確実に削減に貢献できる方法がある。安全性を徹底的に高めた原子力発電の活用である。

クリーン電源発祥の地

福井県の若狭湾岸には13基の商用原子力発電所がある。関西電力の美浜発電所(1~3号機)、大飯発電所(1~4号機)、高浜発電所(1~4号機)の計11基に、日本原子力発電の敦賀発電所(1~2号機)の2基を加えた計13基である。

このうち美浜1~2号機と大飯1~2号機、敦賀1号機については、原子力規制委員会が求める安全対策の工費が高く、残された運転可能年数の電気料金では費用が回収できないとの理由で廃炉が決定している。同県にはさらに日本原子力研究開発機構の高速増殖原型炉「もんじゅ」と新型転換炉原型炉「ふげん」があるが、この2基についても廃炉作業が進行中である。

現在、新規制基準に基づく設置変更許可を得ているのは、美浜3号機、高浜の4基、大飯発電所3~4号機の計7基だが、このうち高浜3~4号機と大飯4号機の計3基はすでに営業運転中で、大飯3号機は配管の保修を完了し7月3日に再稼働の予定である。

40年超の運転が認められた美浜3号機、高浜1~2号機については、地元の杉本達治知事が運転延長に同意しており、安全対策工事が終われば7基すべてが再稼働する見通しだ。敦賀2号機についても再稼働を期待したい。

運転時にCO2を排出しないクリーン電源の原子力発電だが、その安定稼働を支えるのは地元の声だ。1970年開催の大阪万博に電気を送ったのが美浜1号機と敦賀1号機であり、福井県である。同県には、原発を通じて日本の高度成長を支えた実績と心意気がある。大都市の住民は、若狭湾岸の住民をはじめとする福井県民に感謝すべきだろう。

待たれる新増設・リプレース

2011年の東京電力福島第一原発事故の前は、わが国で原発の電力供給シェアは25%、火力が65%であった。しかし、事故後の2013年、原子力規制委員会が発足すると、すべての原発は運転が止められ、電力シェアは原子力がゼロ、火力は85%に激増した。その結果としてLNG(液化天然ガス)の輸入が大幅に増え、電力コストの急上昇を抑えようとして、発電原価が安い石炭火力発電が増えた。当然、CO2の排出量も増加する。

こうした現状を脱却するには、安全性を徹底的に高めた既存原発の再稼働を進めることが最良の策である。廃炉を決めていない9基の未申請分を含めて再稼働させると34基の運転が可能だ。さらに欧米のように運転中のメンテナンスも可能とすることで、設備利用率は70%から90%に上昇する。そうなれば44基分の電力を生み出すことができる。

さらに、あと6基の新増設・リプレース(建て替え)ができれば、CO2の排出は25%削減できる。さらに太陽光で10%、洋上風力で10%、それぞれ削減し、水素やアンモニアの輸入による火力発電所の混合燃焼などで5%の削減を行えば、50%削減も視野に入ってくる。

目標の達成には国民負担の増加をなるべく増やさないように、設備や発電のコストについても不断のチェックが必要だ。米国では、設置効率がよく安全性も高いとされる小型モジュール炉(SMR)の開発が進んでいる。米国規制委員会が型式認定し、世界各国の輸出の商談が始まっている。我が国の日揮とIHIも参加を表明している。中国も複数の炉型の商業運転に成功し、国内建設200基計画とあわせ輸出にも力を入れる方針だ。

一方、世界で初めて脱原発を国民投票で決定したスウェーデンは、暴風雪による大停電で脱原発政策を正式に破棄している。

原発の新増設・リプレースについて当初は消極的な発言も目に付いた梶山弘志経済産業相も、ここにきて「さまざまな議論をしている」と発言を修正し始めている。世界の趨勢を見据えた議論が必要だ。