中国は2020年10月から中央銀行デジタル通貨(CBDC)のデジタル人民元(e-CNY)の大規模な実証実験を行っており、2022年2月の北京冬季オリンピックで試験的発行を目指している。
中国がデジタル人民元の開発と早期導入を図る背景には、直接的なきっかけと言われるリーマン・ショックによるドル安に伴う損失及び米政権による金融制裁に対する対応策として、米国ドル依存を軽減するために人民元の国際化を加速することに狙いがある。
北京五輪も宣伝の場に利用
中国のCBDCの調査研究は2014年から始まり、世界に先駆けて2020年10月、深セン市で1000万元のデジタル人民元を市民に配布し、初めての実証実験を行った。
世界の耳目を集める冬季オリンピックでは、競技場付近で無人販売カートや自動販売機、無人スーパーなどの革新的なアプリケーションを実装予定であると報じられており、海外のアスリートや訪問客も対象とするとしている。デジタル通貨の分野での優位をアピールする狙いが見え隠れする。
これに対して、米上院議員3名が、デジタル人民元には中国国民や中国を訪れる人々を監視する目的があるとして、米オリンピック・パラリンピック委員会に、北京冬季オリンピックに参加する米代表チームにデジタル人民元を使用しないよう求めている。
デジタル人民元は、当面は中国国内での利用が中心となるが、中国当局は経済の効率化を促すと期待している。ただ、将来的には中国外での利用へと拡大し、それを通じて人民元の国際化を促すことで、米国の通貨・金融覇権に挑戦する狙いがあると見られている。
日銀は、今のところデジタル円の発行予定はないという立場をとっているが、このままではデジタル人民元が世界基準となる可能性は否めない。
デジタル技術・システムは、社会を大きく変容させる可能性がある。したがって、誰がそのようなデジタルシステムを設計、開発し、そしてどのような社会的価値をもたせるのかが極めて重要となる。政府及び日銀は、主要国との連携の下、民主主義の価値と整合するデジタル通貨の世界基準を提示し、発行準備に万全を図る必要がある。
ドル基軸を揺るがす可能性
中国はこれまで様々な方策で、人民元の国際化を図ってきた。主なものだけでも、2013年の「一帯一路」構想の提唱、2015年のアジアインフラ投資銀行(AIIB)設立、2016年の人民元のSDR(特別引出権)への組み入れ、2020年の東アジア地域包括的経済連携(RCEP)調印などが挙げられる。
特に、2015年に中国は、国際銀行間通信協会(SWIFT)に対抗するために、国境をまたぐ人民元建てのクロスボーダー決済システム(CIPS)を導入した。すでに各国の金融機関が参画し、日本からも三菱UFJ、みずほ、三井住友といったメガバンクが参加している。
SWIFTは1973年に発足し、本部をベルギーに置く。現在は200以上の国や地域の金融機関など1万1千社以上が参加しており、そのネットワークを経由しないと送金情報を伝えられず、国際送金ができない。事実上の国際標準となっている。
米国の経済制裁はしばしばSWIFTを利用して行われ、中国にとって脅威になっている。SWIFTを経由しない国際決済システムの構築は人民元経済圏の構築には不可欠である。
しかし、こうした人民元の国際化戦略は、下図の示すところでは、今のところ大きな成果を上げていない。国内総生産(GDP)や輸出の対世界シェアは拡大を続けており、世界における中国の経済的プレゼンスは高まっているが、人民元の国際化の進展は限定的と言える。ただし、近年、CIPSへのアジア諸国の参加が増えており、現時点ではドルとの競合を避け、「一帯一路」構想に沿ってデジタル人民元の普及を目指す戦略と思われる。
当面、ドルの基軸通貨としての地位は大幅に揺らぐ可能性は小さいが、一部のドル離れと共に、「一帯一路」の一環としてのデジタルシルクロード構想によって、中国主導による沿線国へのデジタル人民元普及が進み、人民元経済圏が拡大していけば、将来、ドルの基軸通貨体制を揺るがす可能性は否定できない。