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国基研ろんだん

2021.09.30 (木) 印刷する

転機迎えたドイツの政党政治 三好範英(読売新聞編集委員)

9月26日に投開票が行われたドイツ連邦議会(下院)総選挙は、戦後ドイツの下院選挙で最も混戦だった。政党支持の分散化が進み、幅広い国民各層を糾合する、突出した「国民政党」はほぼ消滅した。

選挙結果(暫定)は社会民主党(SPD)25.7%(予想獲得議席206)、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)24.1%(同196)、90年連合・緑の党14.8%(同118)、自由民主党(FDP)11.5%(同92)、ドイツのための選択肢(AfD)10.3%(同83)、左派党4.9%(同39)となった。全議席数は735である。

意外だったSPD第1党

ざっと選挙結果を概観すれば、SPDが第1党という結果は、選挙戦が本格化する前の時点で予想した人はほぼ皆無だっただろう。SPDの長期低落傾向はつとに明らかで、そこには、最大の支持基盤だった産業労働者層の縮小=労働組合の組織率の低下という構造的要因が背景にあった。

しかも、2015年の移民・難民の大量流入で顕著となった、SPD指導部の知識人層と党を底辺で支える労働者層の間の対立が、低落傾向に拍車を掛けていた。つまり、グローバル化に適応できる人々と、貧窮化する人々との対立であり、労働者層からは排外主義に傾斜し、右派ポピュリズム政党であるAfDに支持を移す者も出る状態だった。産業社会のイデオロギーである社会民主主義は、すでに賞味期限が来たと私は思っていたから、SPDの「復活」は驚きであり、10年以上時計の針を戻したような感じすら受けた。

CDU党首のアルミン・ラシェット氏(60)が首相候補として選挙戦を率いたCDU・CSUは、戦後最低の得票率で歴史的な惨敗を喫した。外交筋は「CDU・CSU支持のうち10%はアンゲラ・メルケル首相個人への支持票」と話していたが、メルケル・ファクターがなくなってしまえば、固定支持層は25%程度になっていることが今回の選挙で明らかになった。CDU・CSUの低落も長期的傾向で、西ドイツ時代から1994年選挙まで常に40%台の得票を維持していた頃の面影はもはやない。

緑の党は、一時世論調査で第1党に躍り出たが失速した。それでも、前回総選挙に比べ5.8ポイント増、得票率としては過去最高で、気候変動(地球温暖化)への国民の関心の高まりを背景に躍進した。FDPはコロナ禍の行動規制に反対する人々、経済活動を重視する人々の支持を集めたのに加え、CDU・CSUに失望した有権者の受け皿となった。AfDは、依然としてドイツのポリティカル・コレクトネスからは排除される存在であり、党の内紛が続くなど厳しい状況だったが、10%の支持を獲得した。これは固定支持層の形成を物語る。左派党は本来、格差問題で時流を掴む可能性もあったはずだが、党内の内紛もあり沈んだ。

政治の脱イデオロギー化

こうした各党の浮沈を説明するカギは何だろうか。選挙運動が本格化した4月頃から振り返っても、ジェットコースターのような支持率の変動があった。当初CDU・CSUが30%を確保していたが、緑の党の首相候補に女性党首のアンナレーナ・ベアボック氏(40)が選ばれると、同党が26%に急伸。スキャンダルが重なりラシェット、ベアボック両氏が失墜すると、オラフ・ショルツ財務相(63)が首相候補のSPDが、選挙戦の残りわずか1カ月余りで第1党に躍り出た。公共放送ARDは「奇妙な選挙運動」だったと総括したのも頷ける。

結論から言えば、候補者個人への期待や信頼が、政党への支持を決定づける現象が、選挙戦を通じて明らかになったと言えるのではないか。それがおそらくドイツ政治の長期的傾向と総括できるように思う。

その背景にあるのは、まず政治の脱イデオロギー化である。中道右派CDU・CSUと中道左派SPDの政策的な接近は、特にメルケル政権下で顕著になった。最低賃金制の導入、同性婚の容認、徴兵制の停止、財政均衡の棚上げなど、おおむねCDU・CSUがSPDの政策を取り入れる形だったが、両党で政策の大きな違いはほぼなくなった。市場を重視する「小さな政府」路線はFDPが担い、移民・難民の大量受け入れに反対する国民保守主義はAfDにより担われているが、いずれも少数派に止まる。

緑の党の環境主義は、かつては既成政党が担った産業主義へのアンチテーゼだったが、今や気候変動対策、脱原発、脱石炭でも主要政党間で本質的な差異はない。

緑の党は公約として、石炭・褐炭発電の2030年(政府目標2038年)までの全廃、30年の温室効果ガス削減目標を1990年比70%(同65%)とすることを打ち出した。7月中旬、ドイツ西部で死者約200人を出す洪水が発生した時は、さっそく、気候変動対策予算の増額などを盛り込んだ緊急公約を発表した。確かに9月初めに実施された世論調査によると、ドイツで最も重要な問題として「環境・気候」33%、「移民」22%、「コロナ」18%、「社会的不公平」16%となっている。有権者の気候変動問題への関心は低くはない。

しかし、緑の党の支持率は洪水後、伸びなかった。それは緑の党が気候変動対策を看板政策として掲げて他党との差異化を図り、支持の調達を図るのはもはや難しくなっていることを物語る。CDUもSPDもすでにメルケル政権与党として、それまでの目標を前倒しし、2030年までの65%削減、2045年までの脱炭素を決めている。むしろ、選挙運動期間中、65%削減目標は難しいというドイツ環境省報告書も報じられていたが、さすがのドイツ国民も目標の前倒しを闇雲に打ち出しても、現実味を感じなくなっているようである。

政治家個人の資質が決め手

さらに脱イデオロギー化の背景を掘り下げていくと、個人化や価値の多様化が進み、家族、会社、教会などの中間組織が弱体化するドイツ社会の構造変化がある。

CDU・CSUとSPDは西ドイツ時代から、中道右派、左派の国民を束ねる「国民政党」だった。CDU・CSUは西ドイツ時代、教会などを土台におおむね40%台の後半、SPDも労組などを土台に30%台後半から40%台前半の得票率を維持していた。政治において政党の果たす役割は大きく、ドイツを「政党国家」と定義する政治学の見方もあった。ドイツの政党組織は地方に根を張り、公的補助の割合も高く、私が特派員として取材していても、ほとんど公的な政府機関と変わらないのでは、と感じさせられるときもあった。

しかし、こうした「国民政党」も組織率は低下し、多様な有権者の政治的要望や意思を糾合し、政策へとつなげる機能が弱くなっている。新しい政党も細分化する世論を受け止めきれず、その結果、状況により政党支持を変える、日本的に言えば浮動票が増加する。今回の激しい支持率の高下はこうしたドイツ社会の変化なくしては説明できない。

こうした傾向は、ヨーロッパの多くの国に共通する現象であり、多党化とそれに伴う政治の不安定化がつとに顕著なオランダを例に、「オランダ化」という言葉も政治学では使われている。これまでドイツは「オランダ化」を免れ、政治の安定性を誇ってきたが、もはや例外ではなくなった。

こうした中、ものを言ったのは、各党の首相候補個人の資質や能力だった。投票行動を左右するのは、政党の掲げる政策よりも、政治家個人への信頼感に比重が移っている。ラシェット氏は洪水被災地の視察に訪れた際、シュタインマイヤー大統領の記者会見中に、周囲にいた人々と談笑している姿が撮影され、それがSNSなどで繰り返し放映され、信頼感を失った。CDU・CSUの首相候補の座を争ったキリスト教社会同盟(CSU)党首のマルクス・ゼーダー氏(54)に比して、力強いリーダーシップを感じさせないところも、危機の時代に物足りなさを感じさせたかも知れない。

ベアボック氏は経歴詐称や出版した本の盗用疑惑などが報じられ、清新さを売り込むはずが、逆に行政での経験不足に焦点が当たり、政権担当能力への不信感が広がる状況になった。

ショルツ氏は傲慢な性格と報じられたこともあり、国民的な人気があったとは言えないが、ハンブルク市長や副首相兼財務相の豊富な実務経験に対する信頼があり、ぼそぼそとした地味な語り口など、本来はマイナスに作用する所作も、逆に信頼感を得る上でプラスに作用したのだろう。

その点、虚飾のないメルケル氏の振る舞いに通じるところがある。メルケル氏が16年の長期政権を維持したのは、詰まるところ、氏の人間性への国民の信頼感が揺るがなかったからと私は見ているが、ショルツ氏は意図的に自分をメルケル氏になぞらえようとしたようだ。メルケル氏のシンボルだった、おなかの前で両手を合わる「メルケルの菱形」を作った姿で週刊誌の表紙に登場するといった、なかなか巧妙な演出も行ったのである。

難航予想される連立交渉

さて、これから連立交渉が開始されるが、僅差とは言えSPDが第1党となったことから、SPD主導で連立交渉が進むだろう。選挙前に取りざたされたSPD+緑の党+左派党の左派連立の可能性はなくなったので、SPD+緑の党+FDPの組み合わせを目指して予備交渉が始まることになるだろう。

前回2017年総選挙後の第4次メルケル政権の連立交渉は、CDU・CSU+緑の党+FDPで交渉が進められたが、FDPが交渉を離脱して振り出しに戻った。その後、第3次政権と同様、CDU・CSU+SPDのいわゆる大連立を、SPD内の左派の反発を抑え込んで、ようやくまとめ上げた経緯がある。政権発足は総選挙から半年後の18年3月だった。

カギとなるのは、17年と同様、政策に大きな隔たりがある緑の党とFDPの調整だろう。財政政策では緑の党が積極的な財政出動で気候変動対策を急ぐのに対し、FDPはコロナ禍で緩んだ財政を均衡へもどすことや、制度改革や技術革新による脱炭素を主張する。欧州連合(EU)政策では緑の党が財政統合の推進を、FDPは逆に加盟国に厳格な財政ルールを求める。外交に関しては、中国の人権問題について両党とも厳しいが、産業界を支持基盤とするFDPが、経済的な利益を犠牲にしてまで、対中強硬姿勢を取るとは考え難い。

FDPのクリスティアン・リントナー党首(42)は緑の党との交渉を先行させて行う方針を表明し、早くも28日に両党の党首などが集まり、最初の「予備交渉の予備交渉」とでも言うべき話し合いが行われた。今後、連立相手としてSPD、あるいはCDU・CSUを想定しつつ摺り合わせが行われるが、SPDや緑の党が公約に掲げている富裕税導入は、FDPはとうてい飲めないだろう。SPDの対中国、対ロシアの融和姿勢は、緑の党には不満だろうし、緑の党がロシアとドイツを結ぶバルト海海底ガスパイプラインの撤回に拘泥すれば(すでに完成しており現実的ではないが)、CDU・CSUともSPDとも折り合えない。3党連立がにっちもさっちもいかなくなれば、数の上では再び大連立も可能だが、CDU・CSUはSPDのジュニア-パートナーとして政権に参加することには、特に党内保守派を中心に相当な抵抗があるだろう。

いずれの組み合わせにせよ、SPDが主導となれば、北大西洋条約機構(NATO)の取り決めに従った対国内総生産(GDP)比で2%の国防費支出目標には消極姿勢となるだろう。国防相がCDUのアンネグレート・クランプカレンバウアー氏だからこそ実現できたと言える、軍艦派遣などによるインド太平洋安全保障への積極関与も、SPD主導となれば放棄されるだろう。ドイツ外交での日本の優先順位は低いが、SPD、緑の党は歴史認識問題などで日本に批判的で、日中、日韓関係に関してこれまでよりも仲介的なアプローチをしてくるかも知れない。

このほか、対米や対ロシア外交、移民対策、貧困対策等々、政策調整が必要な課題は多い。また、EUの多国間交渉で力を発揮したメルケル氏が抜けて、EU統合プロセスが停滞する恐れも指摘されているが、政権の骨格が固まらないうちにあれこれ想像をたくましくしても作文の域を出ないので、このあたりにしておきたい。改めてドイツ新政権について書く機会もあると思う。ショルツ氏はクリスマス前には新政権を発足させる意向を明らかにしている。

ちなみに、新政権が発足するまでメルケル氏は首相の職務を継続するが、それが終われば、本人が明言しているように、完全に政治の世界から離れるだろう。まず回想録を書き、アフリカに関心があるとも言われているから、非政府組織(NGO)か基金を作って、人道支援や開発支援に携わるのかもしれない。ただ、それはEUやドイツ政府などとは一線を画した活動だろう。