日本製鉄が大口顧客であるトヨタ自動車と電磁鋼板の提供元である中国鉄鋼最大手・宝武鋼鉄集団の子会社、宝山鋼鉄を特許侵害で提訴した。両社にそれぞれ約200億円の損害賠償を求めるとともに、トヨタに対しては対象製品を使った電動車の製造販売差し止めの仮処分を申し立てた。国内の鉄鋼最大手が、長年の盟友関係にある最重要顧客を提訴するのは極めて異例だが、この電磁鋼板は2050年カーボンニュートラル(二酸化炭素排出量の実質ゼロ化)に向けた基幹技術であり、我が国の電気自動車(EV)のグリーン成長戦略の稼ぎ頭にもなるべき重要なものである。
EV技術の核をなす電磁鋼板
EVは、従来のガソリンエンジンやディーゼルエンジンに代わってモーターが駆動源になる。近年のハイブリッド車(HV)を含むEVの急速な普及はモーターの高性能化によってもたらされている。
第1がモーターの回転軸と共に回転する強力な永久磁石の登場である。この永久磁石は、コバルトにサマリウムやネオジウムなどの希土類元素を少量混ぜて合金としたもので、希土類元素は資源量や産地が限られているため、レアアースと呼ばれる。また、コバルトなどの資源量が少なく産業に多用される金属がレアメタルである。
第2が永久磁石を取り囲む固定子と呼ばれるコイルと鉄芯による強い回転磁場を低損失で形成する技術である。この鉄芯に使われるのが無方向性電子鋼板と呼ばれるもので、日鉄が高い技術と特許を所有している。トヨタなど自動車メーカーのモーターに採用されてEVや HVとして発展してきた。日鉄の重要な収益源であり、送電網の変圧器などにも電磁鋼板は膨大に使われている。
日鉄は宝山がトヨタに供給している鋼板の成分や特性などが、日鉄の特許を侵害していると判断した。今回の訴訟について日鉄は、世界的な脱炭素の動きの中で市場拡大が見込まれる中、「カーボンニュートラルの鍵となる重要な技術の侵害を看過できない」としている。
特許係争許した日本企業の判断
注目されたのは、日鉄が宝山だけでなく、その電磁鋼板のユーザーであるトヨタをも提訴したことである。日鉄とトヨタは事前協議を続けてきたが、解決に至らなかったという。トヨタは、宝山に日鉄の特許侵害の有無を問い合わせたが、「問題無い」との回答を得たとしており、このまま特許係争に発展する可能性が高い。
このような事態が発生する背景には、我が国の素材メーカーが高い技術を持っていても、多くの日本企業は価格が安い中国製品になびきやすい事情がある。巨大市場を当て込んだ思惑も指摘されている。電磁鋼板についても日鉄の打撃となるばかりか、結果として我が国の自動車産業全体が中国のコントロール下に入ってしまう恐れがある。
典型的な事例が太陽光パネルである。2010年に世界シェア87%だった国産太陽光パネルは、10年後には17%に低下した。新疆ウイグル自治区でのパネル部材製造が世界的に問題視されているが、鉄鋼産業や自動車産業についても、我が国政府が保護・育成する戦略を持たなければ、岸田文雄政権が目指す「グリーン成長戦略」も早晩頓挫してしまうであろう。
第6次エネルギー基本計画には、我が国の国家利益を最大化する基本的成長戦略が欠如している。太陽光パネルも風力発電機も最新型原発も中国製になり、このままでは、中国が手中にするレアアースの鉱物資源から自動車産業用電磁鋼板、高性能電池、IT(情報技術)・AI(人工知能)による自動運転技術まで、全ての分野にわたって中国に敗退するだろう。既に我が国の製鉄メーカーやEVメーカーの世界ランキングは下降線を辿っている。