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2021.10.28 (木) 印刷する

中露の「合同巡視」は対中包囲への焦り 湯浅博(国基研企画委員兼主任研究員)

総選挙さなかの日本を威圧するように、中国とロシアの海軍艦隊が「巡視活動」と称して列島をほぼ一周した。軍事行動による民主国家への威嚇行為は、1996年の総統選挙中の台湾に対し、中国が台湾海峡に向けたミサイル演習で揺さぶった海峡危機を想起させる。

あの時、台湾人は脅しに屈することなく結束を見せたが、安全保障に鈍感な日本の政治家たちの反応は鈍い。岸田政権は中露による威嚇行動に、日米同盟の抑止力強化と軍事演習の拡大、そして多国間安全保障の枠組みの補強で応じるべきであろう。中露の「合同巡視」は対中包囲への焦りから来るからだ。

オーカス、クワッドへの対抗か

両国海軍は艦艇計10隻で日本海から津軽海峡を通過した後、太平洋を南下して大隅半島と種子島の間の海峡を抜けて東シナ海に入った。

中国外務省の報道官は、津軽海峡を通過した直後の記者会見で、この件の質問には答えようとしなかった。逆に、米海軍艦艇による台湾海峡の通過を取り上げ、「軍事的な脅しで地域の平和と安定を損なっているのは誰なのか」と批判した。

それは艦隊行動の目的が、米艦艇などによる台湾海峡の通過や、日本が米英豪などと多国間演習を増強していることへの政治的な意趣返しであるからだろう。さらに、日本が米英豪3カ国からなる安全保障の新しい枠組み「AUKUS(オーカス)」に追随しないよう、脅しによって日米分断の効果も狙う。

2025年時点の西太平洋地域に限った米中の戦力比較では、数においては中国が圧倒するのは明らかだ。アメリカは保有空母11隻などグローバルには対中優位に立つものの、当該地域には第7艦隊のロナルド・レーガン1隻しか常時運用できない。アメリカ西海岸から有事の部隊展開には、第一列島戦への到着までに2~3週間かかり、地の利のある中国の数的優位を覆すのは難しい。

しかし、アメリカが重要な基地を抱える日豪など多国間同盟が機能することになると話は別だ。ミシェル・フロノイ元国防次官は「72時間以内に駆けつけられれば、対中抑止は十分可能」と指摘する。したがって、中露艦隊の合同巡視は、台湾攻撃を抑止するオーカスはじめ、日米豪印の自由主義4カ国「クワッド」などの多国間の取り組みが、中国の焦りを引き出した結果とみるべきだろう。

疑似同盟に過ぎない中露関係

中露艦隊の行動が特異なのは、派手な割に戦闘や航海技術の向上などの一定規模の軍事演習がなかったことだ。中露艦艇の日本一周の示威行動を「軍事演習」といわずに、わざわざ「巡視行動」と定義づけたのも、やりすぎて米艦隊などを呼び寄せてはかえってマイナスになるからだろう。

そもそも中露関係は、あくまで反西側だけで結束する疑似同盟に過ぎない。確かに中国とロシアは自由主義の国際秩序に居心地が悪く、国家主権が国際規範よりも大事だとする独裁主義国家である。中国がロシアに望むのは、エネルギー資源とS-400対空ミサイルなど高度な軍事技術であり、ロシアはこれらを売り込む巨大市場を離したくない。ロシア貿易に占める中国のシェアは、2013年実績のほぼ倍にのぼる。

さりとて、大国意識の強いロシアは、中国のジュニアパートナーになることを極端に嫌う。中国が伝統的な勢力圏である中央アジアに手出しすることも、北極に域外国の中国が調査船を送り込んでくることも拒否する。まして北京はロシアのクリミア併合を認めていないから、仮に、中国が台湾併合に動いても、支援する義理はないだろう。ロシア海軍は日本の海上自衛隊を圧倒する軍事演習を行うだけの能力がない。

中露艦隊が政治的な意趣返しで日本を脅すなら、日本は単なる巡視活動ではなく軍事演習で応じればよいし、中国が嫌う多国間演習を今後も継続すべきだろう。岸田政権は露骨な選挙干渉を跳ね返し、日米安保条約を自立性と双務性をもつ日米相互条約に格上げし、多国間安全保障の枠組みとともにより強化すべきであろう。