公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2021.11.08 (月) 印刷する

したたかなインドの温暖化対策 近藤正規(国際基督教大学上級准教授)

国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)で、インドのモディ首相は「2070年までの温暖化ガスの排出実質ゼロ」という計画を打ち出した。世界第3位の温室効果ガス排出国インドは、これまで具体的な目標設定に慎重であったが、今回の会議で中国の習近平国家主席が欠席するのに対し、途上国を代表して気候変動問題に積極的に取り組む姿勢を示そうとしているようにも見えた。

しかし、気候変動問題に関するインドの動きは世界的に注目を浴びているにもかかわらず、インド国内で今回のCOP26はあまり話題になっていないように見える。その理由は、コロナ禍による経済の減速、いまだに目立った改善がない中国との国境問題、アフガニスタン問題に伴うテロ活性化の恐れといった喫緊の問題が国内で山積みだからだ。

EV普及には積極姿勢

インド政府が気候変動問題への取り組みに消極的というわけではない。インドは電気自動車(EV)普及に熱心で、中でも二輪と三輪のEV化は先行して進んでいる。インド政府はEV普及率を2030年までに30%に高める方針を掲げており、マヒンドラやタタといった地場企業もEVの開発に積極的に取り組んでいる。こうした動きはEV化に遅れ気味の現地の日系企業には懸念視されているほどだ。

太陽光や風力などの再生可能エネルギーの導入計画も進んでいる。インドでは、自然エネルギーの入札プログラムが成功し、この10年間で大規模な太陽光発電と風力発電の価格が大幅に低下し、採算に乗るようになった。2020年6月までに自然エネルギーの発電設備容量は88ギガワット(GW)に達している。

ただし、こうしたEV化推進の目標実現は容易ではないという声も多い。EV化を進めるために必要なインフラの整備は遅れているし、州政府の小売・配電公社が独占する電力小売りの自由化と電気料金の適正な価格設定を可能にするための法改正も困難を極めている。インド政府は2030年に510GWの再生可能エネルギー発電を導入する目標を掲げており、これによって国内総生産(GDP)当たりの二酸化炭素排出量を2005年の水準から33~35%削減できるとみているが、現在の6倍近い計画は野心的すぎるともいわれている。

石炭依存抜け出せぬ現実

インドでは原子力が少し前までは脱化石燃料の切り札と考えられてきたが、その計画も進んでいない。原子力発電のシェアを2030年までに少なくとも倍増する計画があったが、原子力が全体に占める比率は3%から増えていない。最近では原子力発電の目標を2032年の22GWに引き下げたにもかかわらず、これでも達成は困難だとみられている。稼働中の原子力発電所の設備容量が7GW未満であり、建設中の原子力発電所の設備容量が約5GWであることなどがその理由である。2008年に米国と原子力協定を結んだインドは、それに続いて日本も含む主要国と同様の協定を結んでいるが、賠償責任に関する国内法が障害となって米仏両国の原子力企業との交渉は難航し、これらの企業による軽水炉建設プロジェクトも進んでいない。

こうした中で、インドのエネルギーはいまだに石炭に頼らざるを得ない状況だ。インドでは石炭火力発電の電源に占める割合は全体の7割前後を占めている。2019年と2020年にその比率は若干減少しているものの、2021年の「国家電力政策(NEP)」の草案では「インドは非化石燃料を通じた発電能力の拡大を約束しているが、石炭は依然として最も安価な電源であり、この国では石炭ベースの発電能力の拡大がまだ必要かもしれない。その上で石炭火力発電所を新設する場合には、二酸化炭素の排出量を抑える超々臨界圧発電技術あるいはその他の効率的な技術を採用すべきだとしている」と記載されていると報道されている。

先進国の援助にも期待

こうした背景から、COP26でモディ首相が日米よりも20年も遅い「2070年」に排出実質ゼロ計画を打ち出したことは興味深い。恐らくではあるが、「2070年までには新しい技術も出てくるだろうから、そのくらい長期的な目標を掲げておいて国際協調の姿勢を示しておこう」ということなのかもしれない。

したたかなモディ首相は同時に先進国の援助も期待している。COP26の演説では、先進国が途上国に年間1000億ドルを支出するとした約束が達成されていないことを批判し、応じない先進国には圧力が必要とも訴えている。

またインドでは「先進国は、原子力発電には後ろ向きで再生可能エネルギーばかりを温暖化ガス排出規制に持ち出している」という不満も少なくない。BBCの報道でもインドが国連の温暖化に関するドラフトレポートが反原子力に偏っていると批判していたことが伝えられている。世界第三の温暖効果ガス排出大国インドの今後の対応に注目したい。