公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2021.11.11 (木) 印刷する

日本の財政出動促すFRBの量的緩和縮小 田村秀男(産経新聞特別記者)

米連邦準備制度理事会(FRB)はドル資金を大量発行する量的緩和を漸次縮小する「テーパリング」に踏み切った。対照的に日銀政策は無力化の危機に直面しそうだ。FRBの政策転換と日銀の異次元金融緩和の組み合わせは円安を助長し、石油価格の急上昇と重なって日本の家計や企業の所得が相当程度海外に流出してしまう。さりとて、日銀がFRBに追随して量的緩和の出口に向かうと円安圧力は緩和されるかわりに、脱デフレは遠のく。

「ソロス・チャート」の経験則

FRBのテーパリングによる円相場への影響で、まず頭に浮かぶのは、為替投機家のジョージ・ソロス氏の名にちなんだ「ソロス・チャート」の経験則である。ソロス・チャート(以降は「チャート」に省略)は、FRB発行資金1ドル当たりの各国中央銀行による通貨発行額を示す。数値が増えると各国通貨の対ドル安、下がると対ドル高に振れやすい傾向がある。

2008年9月のリーマンショック後、日本経済は急激な円高に直面した。FRBのバーナンキ議長(当時)が大規模な量的緩和政策に踏み切ったのに対し、日銀の白川方明総裁(当時)は引き締め気味の政策を続けたからだ。リーマン前にはチャートの値と実際の円の対ドル相場は共に1ドル100~110円の水準でほぼ拮抗していたが、チャートは2009年12月には55円まで下がり、外為市場ではチャートに引きずられるように、ドルが売られ、円が買われた。2011年3月には東日本大震災に見舞われたが、白川日銀は金融の量的引き締め路線を変えず、チャートは40円台まで落ち込み、円相場は1ドル77円をつけた。

2012年12月に発足した第2次安倍晋三政権はアベノミクスを打ち出し、翌年3月就任の黒田東彦日銀総裁は異次元金融緩和に踏み切った。この結果、チャートは急上昇し、それにつられるように円高が是正されて行った。

ドル買い、円売りが加速の恐れ

しかし、円安は2015年7月の1ドル124円台がピークで、その後は103~110円の幅の中で安定するようになった。チャートの方は上昇を続け150〜160円で推移したが、為替市場はほとんど反応しなくなった。そんな中、2020年3月に新型コロナ・パンデミック(世界的大流行)が勃発した。FRBは大規模な量的緩和政策を再発動し、日銀の量的緩和を上回る速度でドル資金を発行するようになった。チャートは下落していく。以前のパターンでは円高に振れるはずだが、為替レートは逆に円安へと向かう。現実の円相場とチャートが逆向きに動くようになったわけである。

なぜか。

外為市場は本来、通貨発行量ばかりでなく、金利や景気などさまざまな要因が影響するのだが、アベノミクスの当初は異次元緩和による外為市場へのインパクトが圧倒的に強かった。

しかし、2014年3月の消費税増税後はデフレ圧力が再び強くなった。デフレはモノに対する通貨の価値を高めるので円買い要因であり、日銀資金大量発行による円安効果を打ち消す。異次元緩和策の効き目が薄れたのだ。

新型コロナ禍のもとでは、日本のデフレ不況が深刻化して長引いているのに対し、米景気はV字型回復をみせ、株式などのドル資産が買われ、円が売られやすい。今後、FRBのテーパリングによってドル資金発行量が減少すれば、ドル資金に対する日銀資金発行量が増える。さらに、米金利は先行き上昇に向かうので、ドル金利が円金利を大幅に上回るようになる。量と金利の両面でドル買い、円売りが加速する恐れは十分ある。

気掛かりなエネルギー価格の高騰

さらに気掛かりなのはエネルギー価格の高騰だ。原油はドル建てで取引されるので、原油高、円安の分だけ消費者や企業の負担がさらに嵩む。

数字で考えてみよう。まず日本の石油・天然ガスの年間輸入額は約20兆円で、そのうち原油・石油製品は約15兆円である。原油価格はこの11月初めの時点で前年同期比2倍以上に高騰した。この値上がりが収まらないとすれば、年間で15兆〜20兆円ものエネルギー輸入コスト上昇となる。日本のGDPは2020年度で536兆円、前年度に比べて21兆円も減って、家計や中小企業を苦しめている。他方、国の一般会計の消費税収は年間で約21兆円だが、その大半は家計の負担になっている。石油値上がりの衝撃度の大きさのすさまじさがこれで推察できるだろう。

日銀の異次元緩和政策は上述したように、消費税増税と緊縮財政がもたらしたデフレ圧力を押し返せないばかりか、国民の負担をいたずらに増やす円安を促進しかねない。新型コロナ禍による内需の萎縮に対しても金融緩和の効力は弱くなっている。

FRBのテーパリングに対し、日銀のほうは政策の行き詰まりを打開できないでいる。となると、要は財政出動による脱デフレと内需拡大策だ。岸田文雄政権の責任は重大だ。