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2021.11.26 (金) 印刷する

対中抑止の必要性確認した米中サミット 湯浅博(国基研企画委員兼主任研究員)

バイデン米大統領は、「米国はインド太平洋にとどまる」と宣言し、中国の習近平中国国家主席は、「戦略的安定」に向けて将来的に誓約するかどうかの検討を誓約するという雲をつかむような話をしていた。11月16日に開催の米中初首脳会談(オンライン)は、もともと期待値が低く、やらないよりはマシという実体のないサミットだった。ここから導かされる自由世界の教訓は、国防費を増やして抑止力を高め、直ちに対中投資に制限を加えるということである。

意思疎通の細い糸は残した

今回の米中首脳会談は、バイデン政権にとって適切なタイミングであったとは思えない。

習近平氏はすでに、中国共産党の中央委員会第6回総会(6中総会)で毛沢東と鄧小平しか果たせなかった「歴史決議」を採択させ、来年の共産党大会に向け、異例の3期目を迎える道筋をつけたばかりだ。歴史に名を借りた習近平礼賛の政治文書の採択は、国内の抵抗勢力を封じ込めた証しだろう。

他方、民主主義の雄であるバイデン米大統領は、足元の民主党に亀裂が入り、勝てるはずのバージニア州知事選挙で敗退した。党内左派が「警察解体」まで主張する極端な路線をひた走る。連邦議会では、インフラ法案をめぐるゴタゴタ続きで、本予算すら通らない。

力で独裁体制を固める習近平氏は、この騒がしく論争する民主主義システムを軽蔑の目で眺めていたはずだ。そこで、民主主義と全体主義の雄による首脳会談は、国内基盤の安定性がそのまま外交に投影されがちである。したがって、米中間の競争と対立は変わらず、新しい冷戦が熱戦にならないよう意思疎通の細い糸を残すだけであった。

中国が台頭して以来、米中関係は悪化の一途をたどっている。バイデン政権下では、トランプ時代から続く貿易戦争が継続され、軍幹部の交流は途絶え、台湾をめぐる戦争の可能性が公然と語られるようになった。

とくに、台湾周辺での中国軍機の威嚇行動が激増し、台湾東部沖の揚陸艦による上陸作戦を想定した演習も確認されている。これに対し、米海軍の2つの空母打撃軍と英空母、それに日本のヘリ搭載型護衛艦のほかオランダ、カナダ、ニュージーランド海軍が沖縄南西海域で、大規模な演習を展開して緊張が高まっていた。

今回の米中首脳会談は、ワシントンが米中の大国間競争が紛争になる可能性を最小限に抑えることを狙って、好戦的な北京に持ち掛けた。それはインド太平洋調整官のカート・キャンベル氏と大統領補佐官のジェイク・サリバン氏が、かつて外交誌で述べたように「まず、競争を展開し、次に協力を申し入れ、グローバルな課題への中国の協力と米国の譲歩をリンクさせるのを拒否する」との外交路線を念頭に置いているのだろう。

偶発紛争回避しつつ抑止力強化

とりわけ、核の軍備管理に関しては、長年にわたって交渉を繰り返してきたモスクワとの協議方式の転用が想定していよう。この6月に、バイデン大統領とプーチン大統領は核の「戦略的安定」に関する短く重要な声明を明らかにしている。両者は将来の軍備管理とリスク低減策の基礎をつくるための戦略安定対話を進めることで合意し、実際に9月から対話をスタートさせている。

サリバン米大統領補佐官によると、今回の米中首脳会談でも、時には「信じられないほど率直」に見解の相違をぶつけ合い、お互いが「違いをどう管理するか」を探った。とりわけ、双方の不注意、誤算、事故などによる衝突をどう回避するかを協議した。しかし、当初、狙ったような、双方が「衝突を防ぐためのガードレール」を作るまでにはいかなかったようだ。

サリバン補佐官が指摘する「戦略的安定のための対話の必要性」を議論はしたが、結果は「議論を進めることを検討する」ことを決めるにとどまった。

習近平主席は「核心的利益」の筆頭に挙げる台湾に対し、妥協のない脅迫を繰り返した。「平和的再統一の見通しに全力を尽くす」との意思は示したが、「レッドラインを突破すれば、決定的な措置を取らなければならない」と述べた。そのうえで習氏は、米国が火遊びをしていると非難し、「火遊びをする人物は、誰でも焼かれることになる」と威嚇した。

彼は2017年にも、同様のレトリックを使って、香港人に本土の主権と中国共産党の支配に挑戦しないよう警告している。その後2019年に香港で抗議活動が起きたとき、習主席はそれを強硬策で押しつぶした。それらから導きだされるバイデン政権の方向性は明らかだろう。ブリンケン国務長官のいう「可能なときは協力的、必須なときは敵対的になる」との原則を貫くのなら、偶発的な紛争を回避しながら抑止力の強化に向かう。

首脳会談から1週間後には、米軍艦1隻が台湾海峡を平然と通過している。同じ11月22日、バイデン政権は米英豪の新たな軍事協力の枠組みであるオーカスの創設にともない、原子力潜水艦を豪海軍に配備する合意文書に署名した。さらに、12月9、10日にリモートで行う国際的な「民主主義サミット」に招待する約110カ国・地域の中に、台湾を含めることを明らかにした。

サリバン氏らがいうように、「米国の対中関与政策がすでに競争戦略に置き換えられている」のなら、同盟国とともに抑止力を強化し、普遍的な価値を守り、グローバルな課題に立ち向かわなければならない。