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2021.12.13 (月) 印刷する

ロシア軍のウクライナ侵攻はあり得るか 名越健郎(拓殖大学海外事情研究所教授)

ロシア軍の兵力増強で緊迫するウクライナ情勢は、12月7日の米露首脳オンライン会談で、ロシア軍が直ちに侵攻する可能性は遠のいた。ロシアは安全保障に関する提案を米国に伝えるとしており、当面は外交に比重を置きそうだ。しかし、「プーチン氏が何を考えているか全く分からない」(オースティン米国防長官)とされるように、ロシアの出方は不気味だ。

プーチン「4つのシナリオ」

米国の専門家、アンドルー・ワイス氏らは11月、米カーネギー財団の論文で、「長期政権のレガシーを意識し始めたプーチン氏がやり残した最大の仕事はウクライナだ」とし、今後のシナリオとして、可能性の高い順に以下の4つを挙げた。

①直接介入はせず、軍事圧力で欧米諸国から安全保障上の譲歩を勝ち取る。

②ウクライナ連邦化などをうたった2015年のミンスク合意を履行させる。

③限定侵攻で東部の親露派支配地域を拡大し、クリミア半島北部の水源を制圧する。

④全面侵攻でドニエプル川東岸を支配し、帝政ロシア時代の領域に近づける。

このうち、③と④の侵攻シナリオは大義名分がなく、犠牲者やコストが大きすぎ、現実的ではない。国連安保理常任理事国としての資格が問われてしまう。バイデン米大統領は、侵攻するなら米ドル決済システムからロシアを排除するなど、かつてない制裁を断行すると警告した。

ただし、2014年のウクライナ危機で、ロシアがクリミアを併合し、東部を親露派に実効支配させるとは誰も予想できなかった。経済制裁の効果はあまり期待できない。

米露密約シナリオも

ウクライナを「家族の一員」とみなすプーチン氏は7月に長大な論文を発表し、「ウクライナの主権は、ロシアとのパートナー関係の中で初めて可能になる」と主張した。旧ソ連が1968年、チェコスロバキアの自由化を弾圧した際に使った「制限主権論」の復活を思わせる。

ウクライナを分断、弱体化させ、北大西洋条約機構(NATO)加盟を永遠に阻止するのが狙いのようだ。

一方で、AP通信によれば、米政府はウクライナのゼレンスキー政権に対し、10年間はNATO加盟は無理だとし、東部の親露派支配地区の自治を認めるよう求めたとされる。

事実なら、米側も腰が引けており、ウクライナ頭越しの大国間の「密約」が図られるかもしれない。その場合、ソ連崩壊後の30年で親欧米・反露を強めた大半のウクライナ国民が置き去りにされることになる。