公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2021.12.13 (月) 印刷する

プーチンの大掛かりな瀬戸際戦術か 佐藤伸行(追手門学院大学教授)

ウクライナ国境地帯にロシア軍の大軍が集結している。その兵力総数は17万5000人に上るとみられ、ロシア軍がウクライナに侵攻し、全土を掌握する作戦を企図していると懸念されている。バイデン米大統領は去る12月6日、ロシアのプーチン大統領とオンラインで会談し、ウクライナに侵攻した場合は「厳しい制裁」に直面すると警告した。ただ同時に、話し合いを継続することで両大統領は一致しており、外交解決を図ろうという形は一応、つくられている。

「本気度」うかがわせる構え

だが、ロシア軍の構えはその「本気度」をうかがわせるものだ。米紙ワシントン・ポストなどによれば、柔軟な作戦運用を可能とする大隊戦術群(BTG)数十個やモンゴル国境に駐留していた精鋭部隊の対ウクライナ国境付近への転進、首都モスクワ防衛の要と目される戦車部隊やカフカス地方駐留部隊の抽出転用など、ウクライナへの全面侵攻を計画しているとしか考えられない編成と兵力規模になっているという。

バイデン政権が、はなから軍事的対抗を選択肢に入れていないことからすれば、プーチン大統領が経済制裁をしのげると判断し、侵攻作戦を下令する可能性は直ちには排除できない。ウクライナ軍首脳部は「来年1月から2月初めにかけて侵攻してくる」と予測を立てている。

しかし、プーチン大統領の究極の狙いを検討すれば、そのような差し迫った時点でのウクライナへの侵攻は得策ではないはずだ。大軍集結は、かねての要求をウクライナと米欧に受諾させるための大掛かりな威圧だとする見方も可能である。常識的には、プーチン大統領はまず、軍事オプションを押し出した上で、米国を交渉の場に引きずりだす二段構えと考えられる。

プーチン大統領の目標はよく知られる。北大西洋条約機構(NATO)へのウクライナ加盟を「レッドライン」とし、ウクライナへのNATO拡大を断固阻止することである。また、NATOの軍事インフラをウクライナから締め出すことである。

侵攻より緊張の継続に主眼

最終的に、プーチン大統領は、ウクライナ東南部のドンバスに特別な自治権を正式に付与することを手始めに、やがてウクライナを事実上の傀儡国家とし、再びロシアの衛星圏とする構想を抱いている。「ソ連解体は20世紀最大の地政学的大惨事」と述べたプーチン大統領は、ウクライナ問題の最終的解決こそが自身の最大のレガシーになると信じている節がある。

プーチン大統領は、ウクライナ問題を協議するための米欧との交渉の枠組みを構築したいのであり、大軍集結はそのための「瀬戸際戦術」であるかもしれない。独仏など欧州主要国、とりわけロシアとの間で天然ガス・パイプラインの合弁事業を抱えるドイツはやがて、ロシアへ宥和的な態度をとるようになると、プーチン大統領はにらんでいると思われる。

ドイツ週刊誌シュピーゲルによれば、プーチン大統領は11月のある日、外務省幹部を集め、「緊張を維持する必要がある」と訓示したという。その上で、ラブロフ外相に対し、「ロシアが米欧から長期的に安全を保証されるにはどうしたらよいか具体的に考えるよう」指示したという。

この情報は重要だ。事実とすれば、プーチン大統領は巨大なリスクとなる侵攻作戦の発動ではなく、緊張の継続に主眼を置いていることになる。外務省での訓示は、大軍に恫喝の構えをとらせた後は、外交の出番だと告げたのに等しい。

足元見られるバイデン政権

ところで、プーチン大統領の挑戦を受けて立つバイデン大統領の政治的パーソナリティーを分析すると、「宥和的」な性格が色濃いとの研究報告がある。中国に対して強硬な姿勢が伝えられるバイデン氏だが、11月半ばのオンライン米中首脳会談では「一つの中国」へのコミット継続を約束するとともに、台湾海峡の「現状維持」を自らあっさり表明した。いささかカードを出すのが早すぎるきらいがある。

40年来の激しいインフレに直面するなど、苦境に立つバイデン大統領だが、プーチン大統領は火のついたその足元をじっくりと見ていると思われる。(了)