公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2021.12.13 (月) 印刷する

中国核戦力増強の狙い 太田文雄(元防衛庁情報本部長)

3年前に筆者が講演したことがある米空軍大学の中にある中国航空宇宙研究所が、『中国ロケット軍編成』と題する報告書を11月末に出版した。

中国ロケット軍は人民解放軍傘下にあって、弾道ミサイル及び地上発射長距離巡航ミサイルを運用する独立軍種である。核抑止、核反撃、通常ミサイル精密打撃をその任務とする。改名されるまでは「第二砲兵」と呼称されていた。

中国のロケット軍は第61基地から第69基地までの9基地があるが、第67、第68、第69の3基地は貯蔵、技術、試験・訓練に使われ、作戦に使用されるのは第61基地から第66基地までの6基地である。報告書の中で注目すべきは、蘭州(甘粛省)の第64基地と瀋陽(遼寧省)の第65基地で、2017年以降、連隊数がほぼ倍増していることである。

蘭州の第64基地は連隊数が4から7に増大しているが、米本土を狙うDF-41やDF-31が主力であることから、米本土向けの戦略核基地であろう。一方、瀋陽の第65基地も連隊数が3から6に倍増しているが、グアムキラーのDF-26や空母キラーのDF-21Dという戦域核が中心となっている。

これから読み取れることは、中国は対米核抑止力として戦略核では約1000発を目指して四つに組むと同時に、戦域核では優位に立ち、来るべき台湾侵攻で有利に立とうとしていることである。それでは、戦域核を中国と均衡にして対中抑止力を効かせる為にはどうしたらいいのだろうか。

戦略核1000発で米国と均衡

同じ11月に公表された米議会の米中経済・安全保障調査委員会(USCC)の報告書には、下図のように建設中の4サイロが、赤丸でサイロ数と共に示されている。これらを統制するのは、恐らく蘭州の第64基地であろう。

11月初めに米国防総省が公表した中国の軍事力に関する年次報告書には、「中国は少なくとも2030年までに1000発の核弾頭を保有しようとしている」とある。米国の核弾頭数は、バイデン大統領が10月に3750発と公表したが、米国の核は同じく数千発を保有しているロシアに対しても向けなければならないことから、中国は戦略核バランスでは1000発もあれば米国との均衡が保てると判断しているのであろう。

従って戦域核で対米優位に立とうとするのが、第65基地のDF-26やDF-21Dや、台湾を狙っている黄山(安徽省)の第61基地にある近代化された戦域弾道ミサイルである。これに対して、米国が保有する地上発射の中距離核弾道ミサイルは1988年に旧ソ連との間に交わされた中距離核戦力(INF)全廃条約により現在ゼロであり、日本も当然保有していない。中国との戦域核を均衡化させて対中抑止力を効かせるには、本来なら引き金をコントロールできる日本が配備できれば好ましい。しかし、それは現実の姿としては無理であろう。

危機は2020年代に来る

前インド太平洋軍司令官のフィリップ・デービッドソン海軍大将は本年3月、「2027年までに中国は台湾に侵攻する可能性がある」と米上院軍事委員会で証言した。あと6年である。それまでの間に、これまで保有した事がない長射程ミサイルを日本が開発することは困難であろう。ましてや非核三原則を見直して核保有に至る世論を喚起することはほぼ不可能であると言っていい。

従って、現実的な解決法としては、かつてパーシングIIという地上発射型の中距離弾道ミサイルを保有していた米国に、第一列島線上に配備してもらう以外にない。米インド太平洋軍も、太平洋抑止構想(Pacific Deterrence Initiative-PDI-)として、その意図を有しているのだ。