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2021.12.14 (火) 印刷する

岸田首相の軸足はどこに 有元隆志(国基研企画委員兼産経新聞月刊「正論」発行人)

岸田文雄首相の軸足がどこにあるのか見えてこない。現在のようなコロナ禍のなかでは、政策の実行に際して、時に岸田首相が言う様に「迅速かつ柔軟な対応」が必要ではあるが、首相の理念がまったくどこにあり、それが政策にどう反映されているのか伝わってこない。

象徴的な例が「18歳以下への10万円給付」問題である。これまでは、5万円分は「クーポン」とし、「現金」の「一括給付は想定していない」と説明してきた。ところが、岸田首相は13日の衆院予算委員会で、方針を一転させて「年内からでも現金で一括給付することは選択肢の一つ」との考えを示した。

公明に押され世論におもねる

各自治体からは「クーポン作成などに割かれる事務的な負担が重く、現金だけにしてほしい」との要望が出ていた。しかも事務的経費約1200億円のうち、5万円の現金給付分が約280億円なのに対し、5万円相当のクーポン配布に要する費用がその3倍以上の967億円に膨らんだことで反発も強まっていた。

首相お得意の「聞く力」を発揮した結果だと言うかもしれないが、クーポンは、その作成、印刷代など、現金給付に比べて、コストがかかることは当初から想定されていたことだ。

そもそも自民党は、10月の衆院選公約では子育て世帯や非正規雇用者など困窮者への経済的支援を盛り込んだものの、金額は明示していなかった。高市早苗政調会長が「自民党の公約とは全く違う」と異論を唱えたが、岸田首相はここでは「聞く耳」を持たなかった。

財務省の矢野康治事務次官は月刊誌「文藝春秋」11月号で、コロナ禍での政策論争を「バラマキ合戦」と批判した。10万円給付は「バラマキ」の象徴だといえるが、矢野氏が岸田首相に職を賭して反対したという話は聞かない。公明党の要求に押され、給付方法に世論の批判が出るとやり方を変えただけにしか映らない。

人権外交でも存在感欠く日本

人権問題についても同様だ。9月の自民党総裁選で岸田首相は中国を念頭に「権威主義的体制にどう対応するか。台湾海峡の安定、香港の民主主義はその試金石だ。毅然として対応する」と強調した。人権問題担当の首相補佐官を新設する方針を表明し、閣僚経験者の中谷元氏をそのポストに充て、省庁横断で対応できる体制を整えようとした。

そこまでは「人権」にかける思いが伝わってきたが、2月の北京冬季五輪の開会式に誰を派遣するか、米国や英国が外交的ボイコットを表明しても、なお態度を明らかにしなかった。折しも、米国が中心となった民主主義サミットが開催されたため、その場で表明するとの観測もあったが、そこでも判断を見送った。

民主主義サミット後、米国は監視技術の輸出を管理する多国間の枠組みを立ち上げると発表したが、英国やフランス、カナダなどは支持を表明したものの、その中に日本の名前はなかった。人権を掲げた岸田首相が指導力を発揮したとは聞こえてこない。

首相は自身の言葉の重み理解を

日本には人権侵害を理由にした輸出管理法がないなど、国内法が整っていないことも理由として挙げられる。その法整備などはこれからとしても、支持表明だけは今でもすぐにできるのではないか。首相が総裁選で述べた「毅然とした対応」が問われる。

岸田首相は出身派閥の「宏池会」にこだわる。その宏池会の先輩にあたる大平正芳元首相は在任中、答弁や演説の際に「あー、うー」と前置きしていたため「アーウー宰相」と揶揄された。ところが、婿であり秘書官でもあった森田一元衆院議員が産経新聞の取材に対し語ったところよると「自分の発言が日本、全世界にどういう影響があるかを考えた上で初めて一言を発していた」という。岸田首相は自身の言葉の重みを理解し、安全保障、人権など軸足を明確にして発言してほしい。今は支持率も高いかもしれないが、これまでの政権をみても軸がないと一気に人気は下落することを肝に銘じてほしい。