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2021.12.16 (木) 印刷する

ウクライナ情勢と現職CIA長官のプーチン論 島田洋一(福井県立大学教授)

ロシア軍が国境地帯に集結するなどウクライナ情勢が緊迫している。その背景に関し、ウイリアム・バーンズ米CIA長官が、より自由な立場にあった2年前に、興味深い分析を記している。バーンズ氏は国務省出身で、外交現場において長く中東、ロシアを担当した。

NATO拡張は「不必要に挑発的」

『裏交渉−アメリカ外交回顧録』(原題 William J. Burns, The Back Channel: A Memoir of American Diplomacy and the Case for Its Renewal, 2019 未邦訳)と題した同氏の回顧録から、関係箇所を紹介しておこう。

バーンズ氏は、ゴルバチョフ、エリツィン時代に比較的良好だった米ロ関係が、プーチン時代に入って顕著かつ加速度的に悪化した理由として、超大国の地位を失ったロシアの鬱屈感およびKGB出身のプーチン氏における職業的ともいえる猜疑心や強権体質に加え、アメリカ外交の「思慮のなさ」にも注意を喚起している。

1990年、ブッシュ父政権のジェームズ・ベイカー国務長官は、ドイツ統一にソ連の賛同を得るため、今後NATOは「1インチたりとも東に伸張させない」と明示的に約束した。従って、翌年のソ連崩壊後に、米政府が、旧ソ連の一部だったジョージアやウクライナのNATO加盟を支持する方向に動いたことは、ロシアから見れば明白な背信行為だった。

その頃、幹部職員として在モスクワ大使館に勤務し、ロシア側の反応に肌で触れていたバーンズ氏には、なし崩し的にNATO拡張を進める本国政府の姿勢は「よく言っても時期尚早、悪く言えば不必要に挑発的」と映った。

アメリカの「陰謀」を深読み

ウクライナ一帯をロシアの影響下に置き続け、NATO軍の介入を許さないことは、プーチン大統領にとって「レッドライン中のレッドライン」であった。プーチン氏はバーンズ氏に対し、直接次のように語ったという。

「いかなるロシアの指導者も、ウクライナのNATO加入の動きを黙認することはあり得ない。リベラル派でも反撃に出るだろう。それはロシアへの敵対行為だ。全力を挙げて阻止する」

怒りのテンションを上げつつプーチン氏は続けた。

「ウクライナが不安定で政治的に未熟であり、NATO加盟が非常な分裂を招く問題であることを米政府は知らないのか。ウクライナは実在する国ですらない。一部は、実際には東ヨーロッパ、一部は実際にはロシアだ」

その後プーチン氏は、至る所にアメリカの「陰謀」を深読みし、ロシアの国益が掛かる問題のみならず、主に西側が重視する問題でも、ことさら挑発的態度を取るようになっていったという。

体験に基づく、現職のCIA長官のプーチン論として注目したい。