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2022.01.13 (木) 印刷する

ロシアの対米「先行モデル」凝視する中国 湯浅博(国基研企画委員兼主任研究員)

ウクライナ国境をめぐる米国とロシアの緊張は、台湾に圧力をかける中国にとっては追い風に違いない。米国がウクライナはじめ「欧州正面」に手を取られれば、台湾防衛に動くアメリカンパワーがそがれるからである。米国に対するロシアの要求が通っても、破綻して戦争になっても、対米瀬戸際外交の「先行モデル」として台湾海峡で援用できる。

プーチン露大統領にとってソ連崩壊が「20世紀最大の地政学的悲劇」である以上、このソ連崩壊の屈辱と北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大を逆転させることが宿願であるのだろう。そのために、冷戦後のツンドラの下に隠していた野心を一気に引き出した。

非難、制裁恐れぬ武闘国家

ハーバード大学のロシア研究者、ブレント・ピーボディー氏によると、1990年のソ連崩壊による経済の混乱、大量失業、アルコール依存症などから、ロシアは世界でも低レベルの男性の平均寿命の国になり、それが出生率の同時低下を引き起こした。この暗い人口動態は、パンデミックの到来によってさらにみじめなものになった。

ワクチン接種率は主要国で最も低く、致死率を引き上げている。しかも、これまでのクリミア半島併合に対する米欧からの経済制裁によって、ロシア国内総生産(GDP)の4分の1が失われたという。差し迫った危機感から手遅れになる前に現状を打破しようと大胆な行動に出ていることは否定できないようだ。

「衰退」におびえるロシアにとり、米国主導による西側からの包囲を押し戻すためには、中国を必要とする。その中国は、ロシアを「同盟国ではない」と言いつつ、戦略的パートナーとして息を合わせようとする。プーチン氏にとって習近平政権が台湾奪取で米国を脅して引き付けているいまが、ウクライナ情勢を有利に動かすチャンスに思えるだろう。

ロシアは過去にも、西側からの制裁覚悟で2008年にグルジアに侵攻し、2014年にはクリミア半島を併合している。国際社会の外交非難や経済制裁があることを知りながらも、軍事行動を控えることはしない武闘国家である。米国のバイデン政権がロシアの金融機関を世界取引から切り離し、禁輸制裁、ウクライナへの武器援助で警告し、揺さぶりをかけてもひるむ様子がない。まして、プーチン氏は、米国がまだ同盟国ではないウクライナのため、「アジア正面」の兵力が割かれるのを嫌っていることを熟知する。

台湾をウクライナに重ねる

その中国にとって、ロシアが失われた領土を取り戻すための瀬戸際戦略の成否は、台湾奪取に向けた格好の判断材料になるはずだ。

ロシアのウクライナ侵略にNATOがどのように対応するかは、そのまま台湾有事にインド太平洋の新しい安全保障枠組みがどう機能するかを占うことになる。対中抑止を狙いとする枠組みには、すでに日米豪印の4カ国戦略対話(Quad)があり、米豪英の3カ国の安全保障協定「AUKUS」がスタートしている。

日豪がこの6日に、自衛隊と豪州軍が共同訓練をしやすくする「円滑化協定」という名の日豪「相互アクセス協定」(RAA)に署名したことも、中国にとっては新たな懸念材料であろう。RAAは日豪準同盟の発足として位置づけられ、日本はさらに、英国ともRAAの締結に向けた協議を開始していると伝えられ、フランスもまた意欲を示しているという。

バイデン政権がウクライナ情勢への扱いを誤ると、台湾海峡でもまた一気に事態が緊迫化する危険と背中合わせにある。中国やロシアの戦争も辞さずとする瀬戸際戦略に対しては、自由社会が安全保障の枠組みを広げ、結束して軍事力の「統合抑止」を図るしかない。