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2022.02.28 (月) 印刷する

ウクライナ危機を我が事と捉えよ 織田邦男(東洋学園大学客員教授 元空将)

2月24日、ロシアによるウクライナへの大規模侵攻が始まった。今回のウクライナ侵攻は「奇襲」なのかというと、実はそうではなかった。昨年11月、米国はロシアの不穏な動きを察知しており、バイデン大統領は、「計画外軍事演習を計画しており、重大な挑戦」だと警鐘を鳴らしていた。その後、情報集約組織「タイガー・チーム」を編成したことからも、相当な情報を掴んでいたといえよう。

正確だった米国のインテリジェンス

ロシアの動きに対し、バイデン米政権がとった対処戦略の特徴は、大きく二つある。一つはロシアの不法行動に対しては、軍事力の不使用を明言し、経済制裁のみ―という一本足打法で対応すること。もう一つは、可能なかぎり情報を公表してプーチン露大統領の手の内を明かすことによりロシア軍の行動を抑止するというものだった。

この戦略は結果的にはロシアの侵略を抑止できなかった。今後、各国と連携して経済制裁の段階を上げていくことになるが、経済制裁一本足打法が、どれだけプーチンの判断に影響を与えうるかが注目される。

情報の積極公表戦略については、バイデン氏は12月の時点で「プーチンが行動を起こしにくくする包括的で有効な方策をとる」と仄めかしている。その後、バイデン氏は積極的に記者会見等に応じ、その都度、機微にわたる情報まで公表している。結果的には、それらの情報はほとんど正しかったといえる。

1月19日、バイデン氏は「プーチン大統領が、動く可能性がある」と述べ、2月10日には、ロシアの全面侵攻を念頭に「アメリカ人はすぐにウクライナから退避すべき」と勧告している。2月18日には、「ロシアが1週間か数日のうちにウクライナを攻撃しようとしていると信じる理由がある」「標的は首都キエフだと思う」「プーチン大統領は決断したと確信している」とまで述べている。2月19日には、オースティン国防長官が「ロシア軍が攻撃態勢にある」と明らかにした。

これらの情報を公開するにあたっては、米国の中央情報局(CIA)、国家安全保障局(NSA)、国防情報局(DIA)といったインテリジェンス・コミュニティーが強く反対したことは想像に難くない。情報を公開することは、情報入手の手の内を明かすに等しい。情報漏洩に気が付いたロシアは、他の手段を使い出すので、しばらくは情報が入手しにくくなるからだ。

情報活かせなかったゼレンスキー政権

そのリスクをあえて甘受して実施した情報公表戦略がプーチンの判断や決心にどれだけ影響を与えたかは、もう少し経たねば分からない。ただ言えることは、ウクライナ側がこの重要な情報を活用できなかったことだ。

ウクライナのゼレンスキー大統領は、米国が流す機微にわたる死活的な情報にも、具体的に反応していない。

ゼレンスキー氏は、むしろこうした情報を無視してきた感もある。2月2日、「ロシア国民はウクライナを相手にした戦争を望んでいない」と述べ、2月12日には、米国が流す情報に対し「パニックを起こす情報はわれわれの助けにならない」と情報の信ぴょう性を疑うようなコメントすら出している。2月14日には「他の国々がロシアによる侵攻リスクを誇張」「われわれは平和を目指し、全ての問題に交渉のみで対処することを望んでいる」とまで述べている。

正確な情報も受け取る側が活用できなければ、全く役にたたない。初日の航空攻撃で駐機場に並ぶ戦闘機が、航空攻撃で破壊されていく映像が流されていた。この緊迫した時期に駐機場に整然と戦闘機を多数並べて置くことは、空軍の常識では考えられない。ウクライナ空軍の緊張度が如何に低かったかが分かる。その他、ウクライナの予備役動員命令が攻撃の2日前だったことを見れば、如何にゼレンスキー氏の情勢認識が甘かったかということだ。

米紙ニューヨーク・タイムズによると、米政府はウクライナ危機の回避に向け、ロシアを説得するよう中国に再三働きかけたが、中国は応じなかったという。米国は情報機関が入手した情報も提供したが、中国は取り合わないどころか、ロシアに情報を流し、米国が「(中ロの)離反を図っている」と伝えていたという。いかにも中国らしい。いずれにしろ情報は諸刃の刃でもある。

日本はウクライナを笑えるのか

日本はウクライナの情報軽視、能天気さ、平和ボケを笑うことはできるだろか。台湾有事の機微な情報があっても、メディアで取り上げることもなければ、国会で議論すらしない。「中国を刺激しないように」と自己規制するところはウクライナ政府と全く変わらない。2019年には、台湾からの航空情報共有の申し出を断っているくらいだ。

今回のウクライナへのロシアの侵略行為は、戦後積み上げてきた世界秩序に対する挑戦である。また、ウクライナの事態は欧州にとどまらず、インド太平洋地域や台湾情勢にも影響を与えうる事象である。にも拘わらず、政府もメディアも、もうひとつ当事者意識が足りないように思われる。

当初、官邸は安全保障会議も開かず、岸田文雄首相は「情報収集に努める」「邦人保護が重要」と記者のぶら下がり取材に答えていた。事の重大性が分かっていない証左である。メディアもバイデン大統領が逐次公表する情報については、解説抜きのベタ記事扱いであった。情勢が緊迫しても、メディアの主要関心事は「オミクロン株の感染拡大」「岸田政権の支持率低下」だった。ロシアの攻撃が始まり犠牲者の映像が流れるようになって、ようやくメディアの主題がウクライナ侵略になったのだ。

安全保障は、情報を「まさか」ではなく、「もしかして」と捉えることから始まる。ウクライナ侵略の軍事行動は、今後まだまだ続くだろう。日本は台湾有事と関連付けて我が事として捉え、耳をそばだてて情報を入手し、必要な法改正、防衛力整備に活かしていく感受性が求められている。
 
 

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