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2022.04.07 (木) 印刷する

「核」は独自保有まで真摯な議論を 湯浅博(国基研企画委員兼主任研究員)

日本には、「核論議すること自体が抑止である」との空疎な楽観論が跋扈していたことがある。しかし、ウクライナを侵略するプーチン露大統領は、「核の恫喝」で世界を震撼させ、朝鮮半島にはなお核を抱えた「悪魔の跳梁」がある。そして、核を増強する中国を含め、日本周辺の戦略環境は劇的に変わった。日本は米国が差し掛けている「核の傘」を見直し、核抑止力を再構築すべき時を迎えている。

米国の「核の傘は」万全か

中露枢軸と隣接する日本にとって、ウクライナ戦争の教訓は、独裁者が「力は正義だ」と考える限り、条約も覚書も彼らの都合で紙くずになってしまうということだ。ロシアの侵略を受けているウクライナの悲劇が、それを実証しているのではないか。

1994年のブダペスト覚書はソ連崩壊と同時に独立したウクライナに対し、米英露3カ国が安全保障を約束したものだ。これによりウクライナは、すべての核兵器を96年までにロシアへ返却した。

ところが、ロシアは2014年のウクライナ侵攻でこの覚書を死文化させた。プーチン氏の裏切りである。核兵器を放棄するときが、他国からの侵略を覚悟するときであるなら、核保有にこだわる北朝鮮の三代目、金正恩国務委員長に核開発への正当性を与えてしまったに等しい。

北朝鮮の核実験直後に、米国は「同盟国への核攻撃は米国に対する攻撃とみなす」との声明を出したことがある。だが、日本に届く中距離ミサイルに核弾頭さえ搭載されれば、実際にはそれだけで米国の北攻撃は難しくなる。やがて、北の長距離核ミサイルが米本土東部まで届くようになれば、米国は金縛りになるかもしれない。米国民を犠牲にしてまで、日本を核攻撃した北に報復することはできないからだ。

北朝鮮の核は三代目の「生き残り」をかけた兵器だから、いざとなれば日本を攻撃することによって自滅の道に踏み出す危険すらある。金体制は麻薬、偽札、拉致の不法行為をする「ならず者」のような国家である。ウクライナに侵略しているプーチン大統領が率いるロシアは、「大きな北朝鮮」のようだから、なお始末に悪い。

核論議すら葬った岸田首相

岸田文雄首相は先進7カ国(G7)と足並みをそろえ、ロシアに対する経済制裁を発動したのは妥当な判断だった。経済制裁は武力を伴わなくとも、それだけで強制力の伴う敵対行為である。岸田文雄政権がロシアのウクライナ侵略に対する経済制裁に踏み切ったことで、ロシアからの報復も覚悟しなければならない道理だ。

返り血が予想されるからこそ、経済制裁の発動はドイツのように国防費増など抑止力の強化策とセットでなければ危うい。ショルツ独首相は、GDP比1.5%の国防費を2%超に増やすと表明しているが、日本の岸田政権は防衛力を固めるだけの熱意がない。

安倍晋三元首相が米国の核兵器を共同運用する「核の共有」論の必要性を提起して以来、与野党の間で核の抑止力が俎上に上ってきたものの、肝心の議論すら空回りするばかりだ。岸田首相に至っては早々と「非核三原則を堅持するわが国の立場から考えて認められない」と表明して、核論議すらも葬った。

自民党の安保調査会もまた、「核共有」に否定的な有識者からヒアリングを行っただけで、「非核三原則」の見直しも含め、これ以上の議論はしないとの結論を出している。再び元の思考停止状態に戻ってしまった形だ。

ロシアによるウクライナ侵略が長期化し、劣勢になったときのプーチン大統領が戦術核使用への誘惑にかられないとも限らない。いまこそ政権与党は、核論議を仕切り直し、具体的な「核共有」「独自核」など保有に向けた具体的な計画まで、真摯な議論を詰めるべきなのだ。