ロシアのウクライナ侵攻を眼前にしたドイツは、ようやく長い夢から覚め、ロシアと対峙する覚悟を示した。問題は、その決意がどれほど堅固・持続的で、かつ具体的であるかだ。
ドイツは長年の平和主義が幻想にすぎないことにようやく気づいたと言えるだろう。東西統一後のドイツでは、いずれの政権も多かれ少なかれ、経済関係の強化を通じてロシアが市民社会的国家へと変容するとの期待を抱いていたが、結局ロシア国家の専制的体質は払拭されることはないと諦観せざるを得なくなった。
メルケル時代に大幅劣化
ロシアの脅威を見据えたショルツ政権は、軍備の充実に消極的だったメルケル時代と打って変わって、軍拡に舵を切った。1000億ユーロ(13兆5000億円)の国防予算を追加計上し、ドイツ連邦軍の強化に乗り出した。ショルツ首相は、北大西洋条約機構(NATO)の一員として核共有能力を確保するため、米国から最新鋭戦闘機F35の調達方針を示したことはよく報じられているが、これ以外にも、さまざまな大型の装備調達案がある。調達案の長いリストに目を通せば、ドイツの一応の覚悟の強さを感じ取ることはできる。
航空戦力でいえば、F35 以外にも、旧式のトルネード戦闘機の後継体制の一環として、ユーロファイターの改良を急ぐ。同盟国との連携も打ち出され、ユーロドローンの独仏共同開発が進められる見通しだ。
ドイツ軍はこれまで、地上兵力の劣化がさかんに指摘されていたが、メルケル政権は放置を決め込んでいた。ロシア軍の侵攻直後、陸軍首脳は「ドイツ陸軍の態勢は穴だらけで、部隊運用に限界が生じる」と公然と嘆いたほど、陸軍の戦力は目に余る水準にまで落ちていた。
それだけに、ショルツ政権の装備充実計画の下、交換部品不足などによって出撃不能状態にある戦車が少なくない現状にもようやくメスが入った。装甲歩兵戦闘車の調達を急ぎ、フランスとの次世代主力戦車の共同開発も推進する。
これらのほか、▽砲弾、ミサイルの大量発注▽対空ミサイル改良▽輸送ヘリの新機種導入▽潜水艦テクノロジーの向上―なども視野に入れている。
徴兵制の再開も議論に
冷戦時代、ざっと50万人の兵力を擁していたドイツ軍(西独)の現役兵力数は現在、約18万人にまで削減されている。メルケル時代には、徴兵制度の運用が停止され、兵力は職業軍人によって維持されている。
しかし、このところ徴兵制の再開も議論されるようになった。これについては、右派の野党「ドイツのための選択肢」(AfD)に支持派が多いだけで、賛成派が広範に形成される見込みは乏しい。とはいえ、ドイツ社会の危機感の高まりを示す注目すべき動きと言っていい。
難問のエネルギー問題に目を転じると、欧州連合(EU)の共同行動として、エネルギーの「脱ロシア」路線に大きく転換するというショルツ政権の決意に嘘はない。ハベック経済相はカタールに飛び、液化天然ガス(LNG)の長期輸入協定をまとめた上で、「将来はロシアのガスは必要なくなる」と宣言した。だが、ただちにロシアの天然ガスの輸入を止めることはできないと認めたのは当然だった。
ドイツのエネルギー面でのロシア依存はあまりに大きく、それがドイツの悲劇となっている。振り返れば、ショルツ首相と同じ社会民主党(SPD)所属のシュレーダー元首相がロシアとの戦略的提携を進めたのが仇になったし、米国などの再三再四にわたる警告を受けても、メルケル前政権が天然ガスパイプライン「ノルドストリーム」プロジェクトを推進したことも、今のドイツに苦境をもたらした。
ロシアからの天然ガスが止まれば、ドイツは空前の景気後退に陥り、失業率も上昇するなどといった予測が広まり、社会に急速に不安感が強まっている。そのドイツから引き出すべき教訓は、専制的体質が宿痾になっているロシアのような国家に幻想を抱き、依存するような政策は厳に慎まねばならないということだろう。