公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2022.04.04 (月) 印刷する

再び被爆国にならぬために 奈良林直(東京工業大学特任教授)

ロシアのウクライナを侵略から1カ月余り、プーチン大統領は「我々は最強の核大国の一つ」と西側諸国を恫喝しながら、侵略開始早々、核戦力を「特別警戒態勢」に置くように命じ、すでに作戦部隊を展開している。また、小型の戦術核使用もほのめかして状況をエスカレートさせ、西側を牽制している。ウクライナへの支援を弱める意図も読み取れる。西側の軍事専門家は、ロシアが生物化学兵器を使用する可能性についても指摘している。シベリアや北方領土でもロシア軍の軍事訓練が活発化しており、わが国でも核の抑止力や「非核三原則」を巡る議論が高まってきた。

6000発潜在保有の嘘

まず、核兵器がどのようなもので、わが国が抑止力として保有する際の障壁について認識する必要がある。まず、2018年7月の日米原子力協定の自動延長に際して、国内の反原発団体が行った「我が国が使用済み核燃料の再処理によって、過剰なプルトニウムを所有し、6000発の核兵器を所有することが可能である。」と喧伝したことが嘘であることを指摘したい。

原子爆弾を作るには、ウラン235を90%以上に濃縮する方法と、原子炉でウラン238からプルトニウム239を製造し、それを化学的に分離して製造する2つの方法がある。

ウランやプルトニウムの名称に続く数字は質量数と言って陽子と中性子の数の合計である。陽子の数は原子核の種類を決め、中性子の数が異なるものは、同位体と呼ばれ、不安定なものはある時間(半減期)を経て半数が別の物質に変わる。

さて、前者のウラン濃縮型が広島に投下され、後者のプルトニウム型が長崎に投下された。天然ウランに含まれる核分裂しないウラン238に対して核分裂をするウラン235を濃縮するには、当初は熱拡散法という方法が用いられたが、現在は遠心分離機が主流である。軽水炉に用いる3~5%の低濃縮ウランまでは、わが国も青森県六ケ所村にその設備を有しているが、90%以上の濃縮ウランを作るには、これを何段も繰り返す「カスケード法」を用いることで可能となる。

軽水炉では原爆できず

そして後者のプルトニウムは、黒鉛減速炉を使えば比較的容易に「核兵器級」のプルトニウム239を製造し、再処理などの化学的な分離によって安価に核兵器の原料を得ることができる。我が国は核拡散防止条約(NPT)に加盟し、国際原子力機関(IAEA)の厳しい査察を忠実に守って、原子力の平和利用と再処理を認められている。

黒鉛減速炉には、中性子の減速及び燃料の冷却に主に重水を使用するカナダのCANDU(キャンドゥー)炉や、ソ連が独自に開発したRBMK型という黒鉛減速炉もある。炉心で核暴走事故を起こしたチェルノブイリ原発がこのタイプだ。北朝鮮も黒鉛原子炉でプルトニウムを製造し、核兵器の開発を進めた。しかし、西側諸国は北朝鮮には軽水炉を提供し、核開発を断念させようとしたが、それは北の瀬戸際外交によって失敗に終わった。

なぜ、軽水炉を提供しようとしたかであるが、加圧水型や沸騰水型の軽水炉でウラン燃料を燃焼させるとウラン238がプルトニウム239に変わるのみならず、プルトニウム240やプルトニウム241など質量数が大きいプルトニウムが生成される。これだと核兵器には不安定で使用できず、また強いガンマ線を出すものは、人が近づけないため、ミサイルや航空機、潜水艦へは搭載が困難である。

世界で、軽水炉由来のプルトニウムによる原子爆弾を実戦配備した国はない。プルトニウムの同位体は半減期を経て別の物質に変わるため、常に管理が必要になる。原子爆弾は火薬でプルトニウムを圧縮して核分裂反応を発生させる。また、水爆は原子爆弾でX線、ガンマ線、中性子線を発生させ、2次的に熱核融合反応を発生させる。

軽水炉由来のプルトニウムは兵器として不適

原子爆弾の原理図

熱核融合爆弾(水爆)の原理

米国は核共有に同意するか

1963年にアメリカ、イギリス、ソ連(現ロシア)との間で調印された部分的核実験禁止条約(PTBT)によって、水爆を含め大気圏・宇宙空間・水中での核実験は禁止されたが、以後もPTBTで禁止されなかった地下核実験はたびたび行なわれた。1996年には地下核実験禁止を含む包括的核実験禁止条約(CTBT)が国連で採択されたが、2021年2月現在も発効しておらず、未批准国などによる核実験が行われている。北朝鮮は、2016年1月6日に水爆実験にも成功したと発表した。

さて、ロシア、北朝鮮、中国の核兵器保有国に囲まれた我が国であるが、従来は非核三原則のもとで、原子力発電と再処理による平和利用に徹してきた。水爆の原料となる重水素やリチウムは容易に入手できる。しかし、わが国は兵器級のプルトニウムは保有しておらず、IAEAの査察受け入れも順守している。従って我が国が核兵器を保有するには、米国の核兵器を共有する方が早い。

しかし、これには米国の同意が必要であるが、米国の民主党は、これに強く反対する可能性がある。核共有が実現したとしても、わが国に核のボタンを押す権限まで与えられるかについては容易でないという意見が大きい。

ウクライナは独立に際してロシアに核兵器を返還し、核兵器の廃絶を行った。にもかかわらず、ロシアは今回、核兵器で恫喝しながらウクライナに侵攻した。そのこと自体、NPTの枠組みを破壊する行為である。

北朝鮮は最近行った大型のICBM実験で、米国本土への射程確保とともに大気圏への再突入にも成功した可能性が報じられている。ロシア・北朝鮮・中国の核ミサイルのかなりの割合が日本に狙いを定めている事実はもっと自覚しなければならない。

我が国が再び被爆国にならないために、いかに国を守るべきか、核攻撃に対する抑止力をどのように確保すべきかの議論は真剣に行う必要がある。「ノーモア広島」は、残念ながら核の抑止力を持って初めて可能となる。憲法改正や非核三原則の見直しも急がねばならない。これらの議論は欧米の了解を得る必要があるが、いち早く着手すべきであって、ひとたび、ロシアや北朝鮮から恫喝されたら間に合わない。