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国基研ろんだん

2022.04.26 (火) 印刷する

安保戦略転換で揺れるドイツ連立政権 三好範英(ジャーナリスト)

ドイツのショルツ首相(社会民主党=SPD)は、ロシアのウクライナ侵略開始から3日目の2022年2月27日、連邦議会の演説で1000億ユーロ(約13兆円)の国防予算の上積み方針を打ち出し、すでに公表していたウクライナへの武器支援方針などとともに、ドイツ安保政策の転換を画するものとなった。

それから2か月近く、いまでは対戦車砲、対空ミサイル、機関銃などを供与し、軍事的関与に消極的だったドイツの外交姿勢の転換を確かに印象付けた。しかし、戦闘激化に伴い、ウクライナが戦車、火砲、戦闘機などの重火器の供与を求めたところ、ショルツ首相が拒否し、今度はにわかにドイツの消極姿勢が国内外から批判される状況になっている。

わかりにくい首相の発言

ウクライナ側が重火器の供与要求を強めているのは、東部の平原で今後想定される戦闘でロシアの戦車部隊を阻止するには、自分たちも戦車や火砲を備える必要があるからだ。すでに米国、英国、カナダ、オランダなどは重火器を供与、あるいは供与を表明している。欧州主要国であるドイツが応分の負担を担うことへの期待は強い。

拒否の理由についてドイツ政府広報官は、これまで「ドイツ軍に、これ以上装備を供与するだけの余裕はない」「最新兵器を供与しても訓練に時間がかかる」などと述べている。

ショルツ氏自身はシュピーゲル誌(4月23日号)のインタビューに答え、「ドイツと北大西洋条約機構(NATO)がウクライナの戦争当事者になることは正当化できない」「第3次世界大戦へのエスカレーションを防ぐためにあらゆることをする。核戦争が起きてはならない」などと語っている。

ただ、シュピーゲル誌記者が「戦車を供与することがなぜ核戦争につながるのか」と食い下がっても、「今の事態に教科書はない。一つ一つの手段をよく考えて(同盟国と)緊密に調整しなければならない」と正面から答えず、真意はいまひとつはっきりしない。

同誌は、SPD内には、ウィリー・ブラント首相(任期1969~74年)の時代に推進した、ソ連共産圏との関係改善を図る「東方外交」の影響が残っているという指摘をしている。世代間の違いという問題もある。「東方外交」の理念に共鳴してSPDに入党した世代は、相互依存関係の強化によってロシアの変化を促すことができるという考え方に固執するが、若い世代は、人権問題などでロシアに対して厳しい見方をしているという。

緑の党が供与に前向きな背景

SPD左派を代表する連邦議会のロルフ・ミュツェニヒ院内総務(62)は、ウクライナへの武器供与について「我が国とNATOに多大な結果をもたらすかもしれない」という理由で反対だが、外交委員会のミヒャエル・ロート委員長(51)は積極派だ。

連立与党内では緑の党、自由民主党(FDP)の方が積極的な立場を取っている。

緑の党では、連邦議会欧州委員会のアントン・ホフライター委員長(52)、FDPでは国防委員会のマリーアグネス・シュトラックツィマーマン委員長(64)が重火器供与の推進の急先鋒である。また、緑の党のベアボック外相(41)も積極派だ。

それぞれの党には戦争への関与に消極的な意見もあるとみられるが、今のところ大きな声になっていない。

平和主義が強い緑の党が、前向きなのは意外な印象があるが、緑の党の平和主義を日本的な感覚でとらえると間違える。ドイツでは、「Nie wieder Auschwitz」(ドイツ語で「アウシュビッツを繰り返さない」)か「Nie wieder Krieg」(同「戦争を繰り返さない」)か、という平和主義の2つの立場があると言われるが、緑の党に担われている大方の平和主義は前者である。

つまり、アウシュビッツに象徴される民族浄化といった人道的な危機を阻止するためには、単に平和状態を保つことよりも、軍事力を使ってでも抑圧者の行為を排除しなければならないという考え方である。

実際には相当な軍事貢献へ

1999年のコソボ紛争の際、当時のヨシュカ・フィッシャー外相(緑の党)は、「Nie wieder Auschwitz」の論理で、ユーゴのミロシェビッチ政権の民族浄化を阻止するユーゴ空爆への参加を正当化したのだった。

ホフライター氏は緑の党内左派(原理派=Fundiと呼ばれる)に属するとみなされているが、緑の党では左派の方がむしろ人権抑圧を何としても阻止したいという思いが強い。

FDPには、かねて中国に抑圧されるチベットを支援するなど人権を重視する思想潮流がある。

このように政権内が割れていることが、自身の慎重な政治スタイルもあり、ショルツ氏の発言の歯切れが悪くなる背景の一つなのだろう。

その一方で、スロベニアが自国のソ連製戦車をウクライナに供与し、ドイツがスロベニアにドイツ製戦車を供与するといった「玉突き供与」を行ったり、ウクライナがドイツの軍需産業に発注し、その代金をドイツ政府が肩代わりしたり、といった方法で、実質的に重火器供与を進めようとしている。

ドイツ外交では、よかれあしかれ、理念優先の比重が日本よりも大きい。ロシアの侵略行為と非人道性はドイツの大方の政治家にとって自明であり、ショルツ氏は表面的にはややあいまいな姿勢を取りながらも、実際には相当な軍事的貢献をウクライナに対して行うだろう。