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国基研ろんだん

2022.04.25 (月) 印刷する

中国軍の南太平洋進出に警戒を 冨山泰(国基研企画委員兼研究員)

ロシアのウクライナ侵略戦争に世界が気を取られている隙に、中国が南太平洋への軍事進出の一歩を踏み出した。中国の恒久的な軍事拠点が南太平洋に構築されれば、特に台湾有事の際に米軍やオーストラリア軍が台湾方面へ急行するのを妨害されかねないとして、米豪両国は中国の動きに警戒を強めている。日本の安全保障にも直結する問題なので、日本は米豪などとの政策調整を早急に具体化する必要がある。

ソロモンの軍事拠点化狙いか

中国政府は4月19日、南太平洋の島国ソロモン諸島と安全保障協力枠組み協定に正式に調印したと発表した。協定の全文は公表されていないが、3月にリークされた協定草案によると、①ソロモン諸島は社会秩序維持のため、必要に応じて中国に警察や軍隊の派遣を要請できる②中国はソロモン諸島の同意の下に、船舶を同諸島に寄港させ、補給を受けることができる―という条項が含まれている。

米豪などは、この条項に基づき中国がソロモン諸島を恒久的な軍事拠点として利用するようになれば、南太平洋の軍事情勢を一変させる「ゲームチェンジャー」になるとして、神経を尖らせている。

何をそんなに心配しているのかというと、ソロモン諸島を含む太平洋島しょ国が南太平洋を東西、南北に走るシーレーン(海上交遊路)の沿線に位置することと関係がある。島しょ国のどこかに中国が軍事拠点を持つと、平時には米豪海軍の動きを監視されるし、台湾海峡などの有事の際には、米豪が西太平洋方面に援軍を送るのを妨害される恐れがある。

特にソロモン諸島は豪州北東部のケアンズ海空軍基地から2000キロの所にあり、ソロモン諸島に中国の軍事拠点ができると、有事の際にケアンズ基地は中国軍の攻撃にさらされる可能性が大きい。

援助を餌に現地政権取り込む

実は、ソロモン諸島の首都ホニアラは、先の大戦で日本軍が大量の餓死者を出して「餓島」と呼ばれた激戦地ガダルカナル島にある。当時の日本軍は米国から豪州への補給路を断つことを主目的にソロモン諸島を占領したが、今日の中国も、ソロモン諸島の戦略的重要性を念頭に行動していることは間違いない。

ソロモン諸島の現政権は3年前、外交関係を台湾から中国に切り替えたが、その際、台湾による援助実績の5倍近い援助を中国から約束されたと当時報道された。援助を餌に腐敗した政権を取り込み、地域の利害関係国にほとんど説明しないまま、その政権と不透明な安全保障上の取り決めを結ぶのは、中国の常とう手段のようだ。

中国とソロモン諸島の外交関係樹立の直後には、中国の企業が同諸島のツラギ島を丸ごとリースする契約を結び、軍事拠点化が心配されたこともあった。この契約は結局違法と見なされ、取り消されたものの、南太平洋では中国の軍事進出の試みが時折浮上する。

巻き返しへ日米豪は政策調整を

バイデン米政権は4月22日、国家安全保障会議(NSC)のキャンベル・インド太平洋調整官らをソロモン諸島に送り込み、もし中国が恒久的な軍事拠点を構築するなら、米国は「相応の対応」をするとソロモン諸島首相に警告した。同時に、現地住民にいまだに被害の出ている太平洋戦争中の不発弾の処理や、ソロモン諸島の漁民を中国漁船の不法操業から守る海上監視体制の強化など、民生部門の協力を約束した。

そうした民生部門の協力は、中国の南太平洋への進出に対抗するために必要なものであり、日本が貢献できる分野でもある。例えば、日本は「自由で開かれたインド太平洋」構想の下で、フィリピンなど東南アジア諸国の沿岸警備隊の海上監視能力強化を支援するため、巡視船や高速艇を供与したり、隊員に訓練を施したりしてきた実績がある。この実績を太平洋島しょ国でも生かすことは可能だろう。米豪などと調整しながら現地の必要に即した支援を行うことが、結果として中国の軍事進出に歯止めをかけ、日本の安全保障に役立つ。
 
 

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第126回 親中のソロモン諸島の問題について

中国と安保協定締結の報道で米豪などが警戒。その理由は、ソロモン諸島が米豪と台湾、南シナ海を分断する位置にあるから。日本も援助などを通じ中国の侵出を抑え込め。