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2022.06.07 (火) 印刷する

独裁者に「侵略の代償」を求めよ 湯浅博(国基研企画委員兼主任研究員)

ロシアのウクライナ侵略戦争は、形を変えた米露戦争の様相を濃くしている。バイデン米政権の戦略目標は、オースティン国防長官の言う「ロシア弱体化」という侵略の代償を独裁者に求めている。そのために、ウクライナに対する軍事支援、人道支援として330億ドルという巨費を米議会に要求した。この額だけでもロシア国防費の約半分にあたるが、議会がさらに上乗せして総計400億ドルを拠出することになった。

英紙フィナンシャル・タイムズの報道によると、バイデン米政権の国家安全保障会議(NSC)は内部の論点整理として、「ウクライナの主権回復」と「ロシアの戦略的失敗を確実なものにする」ことに集約されつつあるという。そこで米国は、プーチン政権を国際社会の中で孤立させ、経済制裁によって衰退に追い込み、そして二度とウクライナに侵略できないよう軍事力の弱体化を目指している。

いずれにせよ長期戦は必至

ワシントンの安全保障専門家らは、米欧の軍事支援によってロシアをどこまで追い詰めるかを議論している。一つはウクライナの自由と主権の回復に重点を置くのか。もう一つは対露戦争を仕掛けてロシアを完全敗北に追いやるか。「小さな勝利」にとどめるか、あるいは「大きな勝利」を狙うのか。そのどちらかを選択するかによって、具体的な戦術が決まってくる。

具体的には、まず2月24日のロシア軍の侵攻開始以前の状態にまで押し戻すことを目標として「小さな勝利」を狙う。ゼレンスキー大統領自身がすでに、演説の中で「侵攻開始前の状態に戻す」ことを目標にしていることを表明しており、米欧の支援もおおむねその方向で集約されてくる可能性が高い。

もう一つは、2014年のクリミア半島併合時にまで引き戻す「大きな勝利」を獲得するまでは譲歩しないことを狙う。だが、ロシアにとってクリミア半島の価値は、この地域に黒海艦隊があるうえ、ソ連崩壊後のロシアが大国に復帰する上での象徴になっている。手負いのプーチン大統領が、途方もない戦果なしに手放すとは思えない。

ウクライナがどちらの勝利を目標にするとしても、長い消耗戦を戦い抜かねばならない。東部のドンバス地域を奪還できたとしても、プーチン大統領は軍事力を立て直して、再び攻撃してくるだろう。それは首都キーウや主要都市ハルキウでは、不利な状況を回避する戦術的撤退である以上、ロシアは今後も攻撃の機会をうかがうことになる。

気懸りは欧州の足並みの乱れ

従って、大小どちらの「勝利」であっても、これを確実なものにするには、プーチン体制を崩壊させることを目標とすべきであるとの第3の主張が自由世界から消えない。

問題はウクライナ戦争が長期の消耗戦に入ると、自由世界に足並みの乱れが出かねないという難問がある。欧州を中心に石油、天然ガスのエネルギー供給の不安に国別の濃淡が出てくるほか、ウクライナやロシアから小麦など食糧供給を受けている中東、アフリカで新たな食糧危機を招く可能性が出てくる。

すでにフランス、ドイツ、イタリアが、ウクライナとロシアの停戦と交渉再開を求めつつある。これに対し、米国はじめポーランド、英国がウクライナの主権と領土の回復を達成するために支援の決意を表明して、欧州内に路線の違いが徐々に生まれつつある。この背景には、アフリカなどが戦争のあおりを受けて食糧危機を迎え、またぞろ難民が欧州に押し寄せる警戒感があるためだ。

バイデン政権は欧州諸国に結束をよびかけるとともに、インド太平洋では中国が台湾を攻撃すれば、米国が台湾防衛に関わると明言する機会が増えてきた。ユーラシアの西側は欧州が安全保障に責任を持ち、東側は米国が対中抑止で対抗する意図が込められていよう。自由世界は結束して独裁者に対し、「侵略の代償」を償わさなければならない。

 

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