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2022.06.17 (金) 印刷する

食料不足で暴動直前の北朝鮮 西岡力(モラロジー道徳教育財団教授・国基研企画委員)

北朝鮮では、これまで考えられなかったことが起きている。金正恩政権が国内の世論の悪化を気にしているのだ。これまで北朝鮮の独裁政権にとって住民は統制と動員の対象であって、住民の声を意識することなどなかった。ところが、ここにきて食べ物が決定的に不足する状況が生まれ、いつ暴動が起きるか分からないくらい民心が悪化し、政権側が世論を意識して行動するという北朝鮮にとって破格の出来事が起きている。

独裁者も世論に危機感

一つ目は、ミサイル発射を国内で宣伝することを止めたことだ。金正恩は1月から頻繁にミサイル発射を行い、その成果を国内でも大きく報じてきた。ところが、そのニュースが伝わると、「核ミサイルを開発すれば、米国が譲歩し制裁が解除され、経済が再建されると宣伝してきたが、それは全部嘘だった。ミサイルや核が飯を食わせてくれるのか。ミサイルを撃つ金があるなら食糧を買って配れ」という不満の声が全国的に高まってきた。そのことを知った金正恩は、5月から6月にかけて行った5回のミサイル発射について国内での報道を取りやめた。

二つ目は社会安全員(警察)に住民取締をソフトにせよという指令を出したことだ。米国の対北朝鮮向けラジオ局である自由アジア放送(RFA)が6月9日、北朝鮮内部の情報源の話として伝えたところによると、6月初め、社会安全省は全国の安全員に住民を刺激するなとする指示文を下したという。

指示文には「社会安全機関員の服務態度を決定的に改善し、管轄地域内で提起される問題に対して円満な対策を立てることによって地域住民との葛藤を改善し、社会安全機関の印象を回復せよ」と書かれていたという。民心が悪化する中、これまでのように厳しい取り締まりをすると暴動が発生するかもしれないという危機感のあらわれだ。内部情報によると最近、安全員らの住民に対する態度はかなり柔軟になっている。それはこの指示の効果に加え、恨みを買った安全員が住民に暴行される事件が頻発しているという二つの理由のためだという。

貧困層からは餓死者も

全国的に金正恩への不満の声が高まっていることを知って、金正恩自身が幹部らを叱りつけている。しかし、幹部らの間では、金正恩の最側近の数人を除いて、「金正恩政権は未来がない、中国式改革開放をするしか北朝鮮が生き残る方法はないが、金正恩はそれを拒否して核ミサイル開発だけに力を注いでいる、絶望的だ」と考えている者が多いと聞いた。

食糧難で地方の餓死者が出始め、体制批判が沸騰していて、このままだと暴動が起きそうだという危機感が広がっている。90年代半ば以降、平壌以外の住民への食料配給は途絶えたままだ。皆、チャンマダンと呼ばれる闇市場でコメやトウモロコシを買って食べている。

金持ちは秋にコメなどの値段が下がったとき大量に買い入れ、値段が上がるのを待ってチャンマダンに出して儲けている。中間層は自分たちが1年食べる量を秋に買っておく。それもできない多数の貧困層は、その日ごとに食べ物を買って食べる。この層から餓死者が出始めた。各地で「コロナで死んでも、飢えで死んでも同じだ」「金正恩は軍事パレードやミサイル発射ばかりして人民を見殺しにしている」という怨嗟の声が渦巻いている。