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2022.07.11 (月) 印刷する

台湾有事で生まれる日本の食料危機(下) 山下一仁(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)

対策は平時のコメ増産と輸出

減反をやめてカリフォルニア米と同程度の面積当たりの収穫量(単収)の米を全水田に作付けすれば、米の生産は1900万トンとなる。一気にここまでできないとしても、1700万トンは生産できる。平時は700万トンを消費して1000万トンを輸出すればよい。危機の時は輸出していた米を食べるのだ。平時の米輸出は、危機時のための米備蓄の役割を果たす。平時の自由貿易が、危機時の食料確保につながるのである。しかも、減反補助金3500億円の国民負担がなくなる。いいことづくめではないか。

危機時の食料生産には、農地確保が必要だ。終戦時、国民は小学校の運動場をイモ畑にして飢えをしのいだ。上野の不忍池は水田となった。ゴルフ場、公園や小学校の運動場などを農地に転換しなければならない。どのようにして土地の所有者や利用者の承諾を得るのかなど、真剣に検討しておくべきである。

また、機械、化学肥料、農薬が使えない以上、労働でこれらを代替しなければならない。経験のない人が作物を栽培することは容易でない。「国民皆農」を視野に入れた教育も考えなければならない。

無意味な小麦・大豆の生産拡大

農水省はウクライナ戦争に起因する今回の食料安全保障の危機に便乗して、小麦や大豆の生産を拡大するとしているが、これは1970年の減反開始から行って、全く成果のなかった政策である。農水省の真意は食料安全保障などではなく、農業保護を増やしたいだけだ。1960年には、補助金なしでも麦は383万トン、豆類は92万トンもの生産があった。しかし、現在毎年約2300億円かけて作っている麦や大豆は130万トンにも満たない。同じ金で1年分の消費量を超える小麦約700万トンを輸入できる。飼料米生産66万トンにかかる950億円の財政負担で、約400万トンのトウモロコシを輸入できる。

しかも、この生産を維持するためには、毎年同額の財政支出が必要である。仮に10年後に台湾有事が発生するまで継続すると、3兆3000億円の財政負担となる。これで6年分の小麦やトウモロコシを輸入できる。安い費用でより多くの食料を輸入・備蓄できる。130万トンの麦や大豆など焼け石に水だ。

また、いくらゴルフ場や公園などを農地に転換したとしても、600万ヘクタールの農地を創設することは不可能だ。本当に国民のためを考えるなら、大量の輸入・備蓄を行う必要がある。

戦う前に日本崩壊?

戦前、農林省の減反提案を潰したのは陸軍省だった。ロシア軍がウクライナの首都キーウを陥落させられなかったのは、軍に食料や武器などを補給する兵たんに問題があったからだ。漢王朝の創始者劉邦が、窮地を度々救ってくれた軍師の張良や目覚ましい軍功を上げた韓信を差し置いて、蕭何の功労を第一に挙げたのは、兵站の功績を重視したからだ。食料がないと戦争はできない。ところが、日本の国防族の幹部は、防衛費の増額を主張する傍らで減反の強化を主張している。いつも戦さをしている米国のような国では、考えられない発想だろう。

農水省やJAに任せてしまった結果、日本の食料安全保障は危機的な状況になっている。有事になると日本は戦う前に食料から崩壊する。国民は食料政策を自らの手に取り戻すべきだ。(了)
 
 

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山下一仁 / 2022.07.11