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2022.07.11 (月) 印刷する

台湾有事で生まれる日本の食料危機(上) 山下一仁(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)

ロシアの黒海閉鎖により、世界第5位の小麦輸出国ウクライナの輸出が減少し、中東やアフリカ地域では飢餓が生じている。

ウクライナはルーマニア等を経由して輸出を続けているが、船に比べ鉄道では大量の輸送が困難である。ロシア軍が6月30日、黒海のズメイヌイ島から撤退したことにより、オデーサ(オデッサ)港など黒海を通じた穀物輸出再開の可能性も出ている。ただし、ロシア軍は海上輸送を妨害できるし、黒海に仕掛けられている機雷の除去も容易でない。

北大西洋条約機構(NATO)加盟国の海軍がオデーサ港から穀物を輸送する「人道回廊」を作ることはできないのだろうか。ウクライナを支援してロシアと事を構えるものではないし、中東やアフリカの人たちのための活動なので、国際的にも支持が得られるだろう。

しかし、欧州連合(EU)、米国、カナダは、小麦の大輸出国(地域)で、合わせると、世界全体の輸出量の半分近くになる。NATO加盟国が小麦価格高騰で利益を得ているとすれば、ロシアとの衝突というリスクを冒してまで人道回廊を作ろうとはしないかもしれない。先進7カ国(G7)がウクライナでの穀物保管や途上国への食料援助に45億ドルを拠出しても、オデーサ港からの輸出を再開できなければ、危機の根本的な解決にならない。ウクライナ侵攻が長期化すると、世界の食料危機も長期化する。

日本の心配はシーレーンの途絶

食料危機には二つのケースがある。

一つは、価格が上がって買えなくなるケースである。途上国では所得のほとんどを食料品の購入に充てている。所得の半分を米やパンに充てていると、この価格が3倍になると、食料を買えなくなる。現在、中東やアフリカで起きているのはこの種の危機である。

しかし、日本でこのような危機が起きることは考えられない。日本の消費者が輸入農水産物に払っているお金は、飲食への支出額の2%に過ぎない。支出額の87%が加工・流通経費や外食への支出である。今の経済力が大きく低下しない限り、日本が外国から穀物を買えなくなることはない。

日本に関係するのは、物流が途絶えて食糧が手に入らないという、物理的なアクセスに支障が生じるケースである。日本周辺で軍事紛争が起きてシーレーンが破壊されれば、輸入食料に依存する日本では重大かつ深刻な食料危機が起きる。具体的には、台湾有事だ。

愚かな減反政策

輸入途絶という危機が起きた時に、どれだけの食料が必要なのだろうか?

この場合は、小麦も牛肉もチーズも輸入できない。輸入穀物に依存する畜産はほぼ壊滅する。生き延びるために、最低限のカロリーを摂取できる食生活、つまり米とイモ主体の終戦後の食生活に戻るしかない。

1億2550万人に終戦時の1人1日当たり2合3じゃくの米を配給するためには、玄米で1600万トンの供給が必要となる。しかし、農林水産省とJA(農協)は、自分たちの組織の利益のために、減反で毎年米生産を減少させ、2022年産の主食用米はピーク時(1967年1445万トン)の半分以下の675万トン以下に供給を抑えようとしている。もし今、輸入途絶という危機が起きると、飼料米や政府備蓄の米を含めて、800万トン程度の米しか確保できない。計算上は、国民の半分が餓死する。これが、減反すなわち米減らし政策がもたらす悲惨な結末である。1960年に比べて、世界の米生産は3.5倍に増加した。日本では4割の減少である。しかも、補助金を出してまで主食の米の生産を減少させる国が、世界のどこにあるのか。

さらに、シーレーンが破壊される時は、石油も輸入できない。石油がなければ、肥料、農薬も供給できず、農業機械も動かせないので、面積当たりの収穫量(単収)は大幅に低下する。戦前には、化学肥料はある程度普及していたが、農薬や農業機械はなかった。シーレーンが破壊されると、終戦直後の農業の状態に戻ると考えてよい。農地面積の現状では、現在の米の生産量約700万トンさえ生産できない。

終戦直後、人口は7,200万人、農地は600万ヘクタールあっても、飢餓が生じた。仮に、この時と同じ生産方法を用いた場合、今は人口が1億2550万人に増加しているので、当時の600万ヘクタールに相当する農地面積は、1050万ヘクタールとなる。しかし、農地は宅地への転用や減反などで440万ヘクタールしか残っていない。差の600万ヘクタールは、九州と四国を合わせた面積である。(続)
 
 

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山下一仁 / 2022.07.11