公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2022.06.30 (木) 印刷する

長期化を否定できぬウクライナ戦争 岩田清文(元陸上幕僚長)

ウクライナ戦争は今、ルガンスク、ドネツクの両州からなる東部ドンバス地方の攻防が焦点となっているが、長期化の様相を強めている。ロシアにとって東部2州の併合は、ウクライナ侵略における最低限の目標であり、プーチン大統領は5月9日の戦勝記念日の演説で、東部ドンバス地方を「歴史的な土地」とも表現した。現状はロシア軍の攻勢が顕著であり、6月25日には東部の要衝セベロドネツクを陥落させ、隣接するリシチャンスクを包囲するなど、ロシア軍はルガンスク州の支配権を獲得しつつある。

ただ、実情はロシアにとっても厳しい戦いとなっている。英国防省は6月22日、激しい戦闘が続く中、ロシア軍は多数の死傷者を出しているとの見方を示すとともに、ロシア軍が大量の予備部隊を配備しようとしている可能性が非常に高いと指摘している。

米軍トップのミリー統合参謀本部議長(陸軍大将)も6月15日、ブリュッセルでの会見で、「ほとんど第一次世界大戦のような厳しい消耗戦だ」と述べている。ウクライナでは兵器のみならず、人的な戦力面での激しい攻防も続いているのは確かだ。

一方、ウクライナ側は、ルガンスク州の要衝セベロドネツクをロシアに明け渡したが、これは戦術的な撤退であり、一旦は下がるものの、いずれは取り戻すとしている。米国戦争研究所は「ロシア部隊を消耗させる主目的を達した」と評価し、また米国防総省も、「今回の動きは、有利な陣地に移り、新しい重火器を手にするための戦術的撤退」とみている。

カギ握る欧米の支援と露兵士の補充

ロシアにとっての脅威は、この「新しい重火器」、すなわち欧米の強力な兵器である。ウクライナの要請に基づき、欧米は逐次、射程が長く破壊力の強い兵器を提供しつつある。

ロシアとしては、ウクライナがこれらの兵器で増強され、強い反撃力を持つ前に、ルガンスク州に続きドネツク州まで占領し、最低限の目標を達成した上で、停戦交渉に持ち込むつもりであろう。そのロシアの狙いを阻む鍵は、欧米の兵器・弾薬供与のスピード、そしてロシア軍兵士の損耗の程度である。

この戦争においてのロシア軍の戦死者数は、様々な数字が報告されているが、1万5000人以上という英国国防省の数字を基に考えれば、ロシア軍は既にウクライナに投入した約19万人のうち約8%を失ったことになる。

通常、戦死者1人に対し、3倍の戦傷者が発生するとされるため、約6万人は戦闘に参加できない状態にあると推測できる。ロシアは新たな兵員の補充を計画しているが、兵士を集めて訓練を施し、戦える練度にするには時間がかかる。

第一次大戦時の消耗戦想起も

ゼレンスキー大統領は、「2月下旬の侵攻開始前の状態までロシア軍を押し戻すことができれば勝利と見なす」と強調しているが、一方で、米軍関係者は「奪われた土地を全て取り戻すのに必要な戦力を、ウクライナが年内に準備できる可能性は低い」と見積もっている。

またプーチン大統領は東部2州の占領を急いでいるが、ロシアの弱体化を図ろうとする欧米の支援がそうはさせないであろう。

ミリー大将は、第一次世界大戦の消耗戦を例示したが、ウクライナに対する欧米の支援とロシアの戦争継続能力が続く限り、4年以上続いた第一次世界大戦のように、長期化する可能性は否定できない。