公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2022.09.05 (月) 印刷する

尹政権の韓国をどう見るか 荒木信子(韓国研究者)

韓国で2025年から使われる中学、高校向け「2022年改訂韓国史教育課程」試案において、朝鮮戦争時の北朝鮮による南侵に触れていないなど、保守系メディアから批判が出ているようだ(9月1日付朝鮮日報電子版)。

そのような反応に対し、左派系メディアは「また左傾教科書云々、『自由』民主主義、『南侵』が抜けていると?」(同日付ハンギョレ電子版)と書いている。同記事によれば、1948年8月に樹立したのが「大韓民国」なのか、「大韓民国政府」なのかという争いもあるという。1919年に成立したとされる「臨時政府」をどのように捉えるかという問題に関わるためである。

左右両派で大差ない対日史観

南侵、自由民主主義はいずれも韓国の建国と存在意義に関わる言葉である。

その国の基盤に関わる重要な概念に揺らぎがあるのは、終戦後、朝鮮半島がイデオロギー対立の中で新しい一歩を踏み出したことと大きく関係している。現代の日本人から見ると、朝鮮半島の共産化は戦後のことだと思える。確かに北朝鮮という共産主義国が誕生したのは戦後であるが、日本統治下においても共産主義者の活動や中ソの共産党からの工作が継続していたのである。

共産主義と民族感情が結び付いたことが朝鮮の共産運動の特徴だったという研究者さえいる。朝鮮半島の南側、つまり今日の韓国において活動していた共産主義者が、米軍政下、越北(北へ逃れること)あるいは地下化した後、韓国が生まれたのである。

朝鮮戦争を経て、強烈な反共国家となったが、出発時点から左右対立が内蔵されていたとも言える。

そこに日本との歴史問題が絡んで事態が複雑化している。日韓を離間させるための北朝鮮の工作が影響している可能性が大きい。

但し注意を要するのは、日本に対する見方は左派も保守も大きな違いを見つけられない点である。勿論、日本との関係や歴史を実証的に冷静に見ようとする人たちは存在する。だが、ひとたび何かあったとき、あるいは公的な場面では一体どのような反応が起きるかということである。

同床異夢の「日韓関係改善」

ある国を見るとき、変化をつかむと共に重要なのは一貫性を発見することではないかと私は考える。その国を貫いている思考や行動のパターンを見いだせるのではないだろうか。国家は人間の集団であるから、考えや振る舞いに一定の傾向を持っているものだ。

いつの頃からか、韓国の政権が変わる度に日韓関係改善が期待されるようになった。尹錫悦政権の下の韓国を日本はどのように見たらよいのであろうか。 

例えば、8月22日から9月1日まで米韓合同軍事演習が行われ、前政権時に縮小されていたものを拡充した形で4年ぶりに再開されたという。これは日本として歓迎できることである。とは言っても、米中対立はなくなったわけではないし、韓国が板挟みになっている状況から解放されたわけではない。朝鮮半島と中国の縁は、米国が東アジアに登場する遙か昔から続いている。

日本との関係で考えれば、尹錫悦大統領は日韓関係改善の姿勢を見せている。「関係改善」という言葉は、日本語でも韓国語でも漢字も完全に一致しているが、頭の中で描いていることは同じではないだろう。

かつて「未来志向の日韓関係」というフレーズがしきりに使われた時期があった。政府間ばかりでなく一般の人も口にした。だが、日本と韓国、双方が見ている視線の先は別の方向であった。日本は未来を見たが、韓国は未来を見る前提として過去を見よと言った。

日本も朝鮮半島とは長い関係史を有している。その中での知識や経験をもっと活かし、韓国を観察する目がもっと養われるべきであると考える。そうすれば政権が変わっても、過剰な期待をしたり、一喜一憂したり、騙されることも減っていくのではないだろうか。(了)