トラス英新政権が発足した。基本的には米英同盟を重視し、欧州連合(EU)とは一定の距離を置き、ウクライナを侵略したロシアと対決し、インド太平洋への関与を深め、中国の台頭に警戒を強めたジョンソン前政権の外交・安全保障政策を継承すると見られる。そうした中で、トラス氏は中国をロシアと同等の脅威に「格上げ」する意向との報道もあり、日本が対中政策で新政権と連携を深めることができそうだ。
トラス新政権、「中国は脅威」宣言か
ジョンソン前首相の後任を決める与党保守党党首選の最終盤の8月末、英保守系紙タイムズは、「鉄の女」サッチャー元首相を政治の師と仰ぎ英国3人目の女性首相となるトラス氏が新政権で中国を英国の安全保障に対する「脅威」と宣言する意向だと報じた。
ジョンソン前政権は昨年3月に発表した外交・安保政策の「統合的見直し」で、ロシアを英国に対する「最も重大な直接的脅威」と認定したが、中国については「体制上の競争相手」と位置付けるにとどめ、中ロ両国の扱いに差を付けていた。
同じ保守党のキャメロン元政権が緊密な英中関係を「黄金時代」と形容したのは、わずか7年前のことだ。しかしその後、中国の習近平政権が「一帯一路」構想を通じて世界的な影響力拡大の野望をあらわにしたのに加え、英中合意を破って英国の旧植民地・香港への「一国二制度」適用を事実上廃棄するなど、西側への挑戦姿勢を明確にしたため、中国との経済関係がもたらす利益に気を取られていた英国も目を覚ました。
ジョンソン前政権でEUから正式に離脱した英国は、積極的なインド太平洋政策を打ち出し、①環太平洋経済連連携協定(TPP)への加入を申請②新空母「クイーン・エリザベス」をインド太平洋に派遣し、日本、米国、オーストラリア、カナダ、オランダなどと合同軍事演習を実施③豪州に原子力潜水艦を提供し、他の先端技術でも協力する米英豪軍事協力の枠組み「オーカス」(AUKUS)を創設―と立て続けに動いた。前政権のこの「インド太平洋への傾斜」を支えたのが外相だったトラス氏とウォレス国防相だ。トラス氏が首相となり、ウォレス国防相も新政権で再任されたから、英国の積極的な外交・安保政策は基本的に踏襲されるだろう。
ロシアのウクライナ侵攻と中国の台湾に対する軍事的威嚇で国際的緊張が高まる中、トラス氏は党首選で、国防費を現在の国内総生産(GDP)比2.1%から2030年までに3%へ引き上げることを公約した。さらに、中国企業が開発した動画投稿アプリTikTok(ティックトック)を英国内で取り締まる方針を示して、中国への強硬姿勢を鮮明にした。
21世紀版「日英同盟」の模索
トラス新政権の喫緊の課題は、ロシアのウクライナ侵攻が拍車をかけたエネルギー価格の高騰、それに伴う2桁のインフレ、迫り来る景気後退といった国内経済問題だ。しかし、国際情勢の緊迫は待ってくれない。
日本はウクライナ問題で英国を含む欧米有力国との政策協調を続けるとともに、台湾海峡で偶発的な軍事衝突がいつ起きても不思議でない情勢を踏まえ、100年前に失効した日英同盟に近い21世紀版の日英安保協力体制の構築をトラス政権と模索できるのではないか。日英両国で次期戦闘機を共同開発する方向で調整が進んでいると伝えられることは、新時代の幕開けを予感させる。(了)