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2022.10.13 (木) 印刷する

足元が揺れ始めたプーチン政権 遠藤良介(産経新聞論説委員、前モスクワ支局長)

10~11日、ウクライナの全土がロシアのミサイル攻撃にさらされた。ウクライナの防空が脆弱であることは否めず、20人強の死者と100人を超える負傷者が出た。だが、このニュースのインパクトはさておき、ウクライナに与えた軍事的な損失は非常に限定的だ。今回の一斉攻撃は、戦況を好転させられないプーチン氏の焦りを映し出している。

強硬派の突き上げ

最近のプーチン氏は対外強硬派から突き上げを受けており、10~11日のミサイル攻撃にも「弱腰」批判を回避するという側面があった。対外強硬派を象徴するのは強力な私兵部隊を持つ2人、すなわち露南部チェチェン共和国のカディロフ首長と、民間軍事会社(PMC)「ワグナー」を率いる実業家のプリゴジン氏である。

ウクライナのある軍事専門家は「プーチン政権と軍部はもはやカディロフとプリゴジンに乗っ取られたようなものだ」とまで評する。

カディロフ氏はチェチェン独立派のゲリラ出身だ。第2次チェチェン紛争で強力な私兵部隊を率いてプーチン政権側に寝返り、紛争後はチェチェンの強権統治を委ねられている。プリゴジン氏は「ワグナー」をシリア内戦に投入するなど、ロシアのハイブリッド戦争やプーチン氏の汚れ仕事を担ってきた。最近、兵員不足に悩む露軍に囚人を送り込んでいるのもワグナーである。

2人が直接の矛先を向けているのはショイグ国防相や軍上層部だが、本質的には、プーチン氏の軍事作戦遂行が中途半端であると批判している。

1日、東部ドネツク州の要衝リマンがウクライナ軍に奪還されると、カディロフ氏は交流サイト(SNS)にこう書き込んだ。「ラピン(将軍)は無能であり、さらに悪いことに参謀本部に守られている。私なら、彼を一兵卒に降格させ、その恥を血で洗い流すために前線に送り込む」。プリゴジン氏はすかさず、「カディロフ、よくぞ言った。この連中(将軍ら)は裸足で前線にぶち込まないといけない」と呼応した。

露軍の苦戦を受けて最近、2人のこうした示威的な発言がしばしばSNSで表面化する。カディロフ氏は9月、ウクライナに「低出力の核兵器」を使うことまでプーチン氏に求めた。

厭戦的な一般国民

膠着状態が続くかに見えたウクライナ侵攻だが、9月上旬に露軍がウクライナ東部ハリコフ州から敗走し、潮目が変わった感がある。プーチン氏は21日、予備役30万人を動員すると発表。さらに、占領下にある東部4州で拙速な「住民投票」を行い、「民意だ」と主張して4州併合を宣言した。

プーチン氏としては、これで侵攻に一定の区切りをつけるつもりだったのかもしれない。「ロシア領」とみなす4州への攻撃には核兵器で報復することを示唆し、同時に、ウクライナのゼレンスキー大統領に交渉を呼びかけた。

しかし、ウクライナが4州併合を認められるわけもなく、反攻は続く。ロシアの予備役動員をめぐっては、徴兵を忌避して出国したロシア人がすでに70万人とも伝えられている。プーチン氏は、強硬派と厭戦的な一般国民の間で板挟みになっているともいえる。

ウクライナは「瓦解」待つ

今月8日には、ロシアが2014年に併合したクリミア半島と露本土を結ぶ「クリミア橋」が爆発で大きく損壊した。ウクライナによる攻撃だったとすれば、プーチン政権は威信のかかったクリミア支配の象徴を守れなかったことになる。橋爆発への報復が10~11日のミサイル攻撃だった。

ウクライナ人の多くは今回の侵略を「ロシアとの最終戦争」ととらえている。つまり、プーチン体制ないしはロシアの帝国主義が残る限り、自分たちウクライナ人に安全はない。逆に、この侵略戦争に失敗すれば、ロシアは瓦解するだろうとウクライナ人はみている。その予見通り、プーチン体制の足元はかつてなく揺らぎ始めたように見える。(了)