令和5年度予算案編成で焦点となっている防衛費について、水増し請求が行われようとしている。北大西洋条約機構(NATO)が軍事費に以外にも沿岸警備隊の経費などを含めているのに倣って、海上保安庁予算などを加えようとするもので、ある与党幹部は「財務省の悪巧み」と形容する。しかも、その先頭に立っているのが岸田文雄首相その人である。
安倍元首相の〝遺言〟
岸田首相は13日夜のBSフジ番組「プライムニュース」に出演し、防衛費について「単に防衛装備を用意すれば防衛力が充実するというのではなく、それを支えるための研究とか技術、経済力、こういったものがあってこそ総合的に我が国の防衛力が充実し、結果として国民の命を守れる。総合的な防衛力の中に何が入るのか、海洋国家としての海上保安能力、これは入るかもしれない」と語った。
現在、防衛費の財源などに関する政府の「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」が財務省主導で開かれている。9月30日の初会合では、令和3年度の防衛省予算に約2500億円の海上保安庁予算や、国連平和維持活動(PKO)関係費などを加えると、対GDP(国内総生産)比が1.24%になるという試算が提示された。
政府内には、故安倍晋三元首相も海上保安庁の予算を防衛費に入れようとしていたとする〝遺言〟なるものを持ち出してくる高官もいる。これに真っ向から反論しているのが安倍元首相の秘書官を6年半余り務めた島田和久前防衛事務次官である。
島田氏は月刊「正論」11月号で、国基研評議員でもある岩田清文元陸上幕僚長と対談し、経費を国防費に計上できる「軍隊以外の武力組織(沿岸警備隊や憲兵隊等)」について、NATOでは「軍事訓練を受け、軍事力として装備され、軍事展開時に軍の直接指揮下で運用可能である範囲に限る」と定義している点を指摘。海上保安庁法第25条では「海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない」と明記されていることを踏まえ、「海保がNATO定義の国防費に計上できるコーストガード(沿岸警備隊)には該当しないことは明らかでしょう」と明言した。
安倍元首相が亡くなったことをいいことに、本人が言ってもいないにもかかわらず、勝手に水増しに利用しようとしている高官らに対する怒りとも受け取れる。
島田氏はその上で、「NATO定義を拡大解釈して『ふくらし粉』のように使うとすれば、『日本の防衛力を抜本的に強化し、その裏付けとなる防衛費の相当な増額を確保する』と表明している日本の決意を疑わせ、諸外国の信頼を失い、ひいては抑止力の低下すら招きかねません」と、現状の論議に対する強い危機感を表明した。
財務省の口車に乗る首相
研究開発費も同様である。有識者会議では「NATOでは国防目的の研究・開発費が計上される場合がある」との説明もあった。NATO定義をみると、「軍民共同の研究開発は軍事的要素を具体的に説明できる場合に限り」となっている。これについても島田氏は「国の科学技術関係予算は4兆円以上ありますが、そのうち防衛関係は4%に満たない額です。残りは純粋に民生分野の研究費で、防衛ニーズが反映される仕組みはありません。(中略)我が国は徹底的に『軍民分離』です」と説明する。
岩田氏も「防衛省以外の予算を少しでも防衛に関連すれば防衛費にカウントして、防衛省の予算の実質的伸びを抑えようとするような動きが一部にあるように思います。これは防衛力強化の本旨から大きく外れる本末転倒した考えです」と強調した。
BSフジでの発言を聞く限り、その「本末転倒した考え」に乗っているのが岸田首相である。岸田首相が5月の日米首脳会談で、防衛費の「相当な増額(substantial increase)」と言い切った時には、その決断力を評価する声が相次いだ。ところが、財務省の口車に乗って、NATOの定義を島田氏の言うように「ふくらし粉」に使おうとしている。それで防衛力を強化したと言い切れるのか。「聞く力」を自任する岸田首相だが、首相に近いある政府高官は「最終的には役所、ひいては財務省の意見に傾く傾向がある」と証言する。
責任重い与党協議
岸田官邸が財務省主導で議論を進めようとしているなかで、与党の責任は大きい。このほど発足した「外交安全保障に関する与党協議会」には、防衛力の強化を訴えた安倍元首相の遺志を継ぐ自民党の萩生田光一政調会長や小野寺五典安全保障調査会長のほか、「検討ワーキングチーム」には防衛問題に精通している木原稔、薗浦健太郎、佐藤正久の各氏が入った。
与党協議には公明党も入っている。公明党の責任者を務める北側一雄副代表は「国全体の安全保障に関わる予算を明確にしていくことが大事だ」と、財務省のお先棒を担ぐような発言をしている。
自民党側は「財務省の悪巧み」に乗らず、公明党の抵抗も押し返し、真の防衛力強化につながる結論を出すように尽力してほしい。(了)
第229回 今こそ戦後の体制を大転換すべき、実態の国防力を強めよ。
『国基研チャンネル』第229回は櫻井よしこ理事長と有元隆志さんです。国際社会の危機が上昇する中、我が国は何をしているのか。実態の国防力を強めるために、国防費の中に海保の費用や研究開発費を入れることはとんでもない。今こそ戦後の体制を大転換すべき。