公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

国基研ろんだん

  • HOME
  • 国基研ろんだん
  • スナク英政権の対中強硬姿勢は本物か 冨山泰(国基研企画委員兼研究員) 
2022.10.31 (月) 印刷する

スナク英政権の対中強硬姿勢は本物か 冨山泰(国基研企画委員兼研究員) 

減税計画が金融市場の暴落を招き、在任わずか50日で辞めたトラス英首相の後任に、今年夏の与党保守党の党首選挙でライバルだったスナク元財務相が就任した。スナク氏は英国初のインド系首相となり、英国の植民地だったインドでもてはやされているようだ。しかし、インドや日本の安全保障上の脅威である中国に対するスナク氏の姿勢には疑問が付きまとう。筋金入りの対中強硬論者だったトラス氏とは違う。

1年前に融和演説

スナク氏の対中政策が懸念されるのは、もともと中国に融和的な政治家だからである。今年夏まで3年間続いたジョンソン政権の財務相だった昨年7月1日、恒例のマンションハウス(ロンドン市長官邸)スピーチで、香港や新疆ウイグル自治区における人権侵害など英国の「価値観」に関わる問題では筋を通すと述べながらも、中国との経済的つながりの深さを強調し、「成熟したバランスの取れた(英中)関係」が必要だと主張した。

中国はこの発言を忘れなかった。中国共産党機関紙人民日報系の環球時報は、ジョンソン氏の後継首相を選ぶ保守党首選が始まったばかりの今年7月14日、「大半の候補が中国に強硬な姿勢を取る中で、ただ1人、英中関係の発展に明確かつ現実的な見解を持つ候補がいる」と論じ、スナク氏の首相就任に強い期待感を示した。

英紙デーリー・メールは環球時報のこの記事を「誰も望まない支持表明」とやゆした。中国からの援軍は党首選に不利に働くと見越してか、スナク氏は7月24日、強硬な対中政策を一転して発表した。そこでは中国を「英国と世界の安全に対する最大の脅威」と位置付けるとともに、①英国内30カ所にある中国の事実上の宣伝機関「孔子学院」を全て閉鎖する②英情報機関MI5を使って中国の産業スパイから英国を守る③国際協力によりサイバー空間での中国の脅威に対処する④英国のハイテク企業を中国に買収させない―といった公約を並べた。

公約実行がカギ

10月25日に発足したスナク新内閣では、短命に終わったトラス政権の外相と国防相が再任され、ロシアと対決し中国への警戒を強めたジョンソン政権以来の外交・安全保障政策を基本的に踏襲する体制を整えた。スナク新首相は同日中にバイデン米大統領と電話会談を行い、ホワイトハウスの説明によると、中国問題で両首脳は「中国の挑戦に対処する」ことの重要性で一致した。英首相官邸の発表では、オーストラリアを含めた米英豪3カ国の枠組み「オーカス」(AUKUS)などを通じて「中国の悪影響に対抗」することについて話し合った。

スナク氏は党首選の過程で一見強硬な対中政策に転換したかに見えるが、変化が本物であることを証明するには、7月24日の公約を速やかに実行する必要がある。公約発表時にスナク氏は、英国はじめ世界の政治家が中国の行動に目をつぶってきた状況を「首相としての初日」に変えると意気込んだが、実際には最優先課題である国内経済問題に忙殺され、対中政策の公約実行は後回しになっている。(了)
 
 

関 連
国基研チャンネル

第246回 英国の新首相スナク氏の対中姿勢に注目

インド系初の首相は旧植民地インドからは大歓迎。英印関係には好影響。他方、彼はジョンソン政権の閣僚時代、対中経済関係を重視する姿勢だった。しかし保守党党首選で突然対中強硬派へ豹変した。いつまた変節するか不安が残るスナク氏の言動には要注意。