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2022.11.21 (月) 印刷する

ドイツの対中「朝貢」外交再開に警戒せよ 佐藤伸行(追手門学院大学教授)

病膏肓やまいこうこうる―という慨嘆こそふさわしいかもしれない。11月初めのショルツ・ドイツ首相の「北京詣で」である。

昨年のドイツ海軍フリゲート艦の日本寄港や今春のショルツ首相訪日、日独外務・防衛閣僚会合(2プラス2)定例化などによって、伝統的な親中路線に変化が生まれたかに思われたドイツのインド太平洋外交だったが、ショルツ首相は旧態依然と受け止められる対中「朝貢外交」を再開してみせた。

ロシアのウクライナ軍事侵略を眼前にしたショルツ首相は「欧州大陸における歴史の転換点」とする衝撃を口にし、ドイツは今、天然ガスをはじめとする安価なロシアのエネルギーへの依存から脱却しようと険しい道のりを歩んでいる。「通商による(専制国家の)変容」というドクトリンは失策だったと悟ったのである。だが、話が中国となると、経済を人質にとられているドイツは夢からなお覚めることができないでいる。

年来の「ビジネスファースト」

もっとも、急いで指摘しておくべきは、今のドイツ外交には、中国に厳しいボールも投げるし、中国が真意を測りかねるような変化球を試みる側面もあるということだ。ショルツ訪中日程と重ねる形で、ドイツは先進7カ国(G7)外相会合の議長国として、中国に対し、「威圧ないし力による一方的な現状変更の試みを認めない」と警告する声明をとりまとめた。昨年のフリゲート艦派遣に続き、今年9月にはドイツ空軍のユーロファイターも日本を訪問し、インド太平洋における日独の安全保障協力の前進を演出した。

これら一連の動きから、ドイツが米欧の対中牽制網に加わったとする見方が出たのは無理のないことだったかもしれない。しかし、今回のショルツ訪中によって、そうした甘い観測は急速に色あせてしまった。

ショルツ首相は歴代ドイツ首相同様、フォルクスワーゲンや総合化学メーカーBASFなどドイツを代表する企業の首脳らを引き連れて北京入りし、「ビジネスファースト」の意図を隠そうとしなかった。1990年代以降の年中行事である。

「一帯一路」の北の出口

ショルツ首相は手土産も忘れなかった。ハンブルク港ターミナルの株式を中国企業に差し出したのだ。この問題では、連立与党の緑の党が反対し、閣内に深刻な亀裂が走ったが、中国企業の取得株式を25%未満に抑えることで、ショルツ首相が押し切った。輸出国家ドイツの水運の要衝である自由商業都市ハンブルクは、専制国家中国の経済圏構想「一帯一路」の「北の出口」という芳しくない「称号」を冠せられることになった。

ショルツ訪中の最大の問題は、そのタイミングだった。習近平国家主席が異例の3期目に入った直後に北京を訪問した最初の西側首脳として、ショルツ氏は習氏を寿ことほぐ役割を与えられた。両者はインドネシアでの主要20カ国・地域(G20)首脳会議で会うこともできたし、来年1月には定例の独中政府間協議もベルリンで予定されている。それでもタイトな日程で北京を日帰り訪問せざるを得なかったのは、中国側がドイツに訪問を迫り、ショルツ氏も断れなかったのではないかと推察される。

連立与党間の綱引き

ドイツ誌シュピーゲルが書いているが、緑の党のハベック経済相が経済界代表と会合を開き、中国への依存の危険性を指摘したところ、経済界はそれに冷ややかな反応を見せたという。ドイツ産業連盟首脳は「中国市場は不可欠だ」とにべもない態度だった。

東西統一直後、何百万人もの大量失業時代を経験したドイツは、経済が悪化することへの恐怖がひときわ強い。ドイツが生き抜こうとする中で、中国市場とのデカップリング(切り離し)がまじめな選択肢に上がることはまずない。

ドイツは目下、中国をめぐるさまざまなカードを見せているが、インド太平洋戦略は玉虫色で、決して単線的ではない。寄り合い所帯の連立政権ゆえに、人権問題で中国に厳しい緑の党が前面に出てくる場合には、ドイツの対中姿勢が硬化したように見える。しかし、ドイツ基本法(憲法)に沿った仕組みからいえば、外交政策を最終的に決めるのは首相であり、その首相は、自動車、機械、製鉄などドイツの「米びつ」に当たる重要産業の労組と関係の深い社会民主党(SPD)が輩出したショルツ氏なのである。

近年、ドイツは日本に接近しているように見える。だが、中国経済とあまりに深く絡み合っているドイツの姿を眺めるとき、対日接近の真の思惑は何か、と問い直さざるを得ない。(了)