11月末に防衛研究所が公表した報告書『中国安全保障レポート2023―認知領域とグレーゾーン事態の掌握を目指す中国』は、現状の分析と報告が中心で、中国の認知戦にどう対応すべきかの具体策が書かれていない。
認知戦とは、「敵の認知・思考・決定を形成もしくはコントロールすることを目指す作戦」(報告書42ページ)と定義される。卑近な例として、某テレビ番組のレギュラー・コメンテーターが言うような「戦争になったら逃げろ」といった思考を日本国民に植え付け「精神的に瓦解させる」(37ページ)ことができたら成功である。
動画・写真で動かぬ証拠を示せ
中国の手口は、中国側に好都合な「ナラティブを内外に積極的に広め」ること(28ページ)である。これに対抗するためには、動かざる証拠を示す動画や写真を逆に発信して、中国の主張の欺瞞性を暴く必要がある。
2010年に尖閣諸島周辺の日本領海内で、中国漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりする事案があった。海保が撮影したビデオを見れば、中国漁船が海上衝突予防法に違反していることは明白である。中国は2003年に人民解放軍政治工作条例を改正し、「敵軍を瓦解させる工作を展開する」ことを目的に心理戦、世論戦、法律戦のいわゆる三戦を実施することを掲げたが、認知戦はこの三戦に基づいて遂行されている。ビデオの公開は中国の三戦に逆襲するものであるにもかかわらず、当時の民主党政権は海保にビデオ公開を禁じた。明らかに誤りである。
偽情報はタイムリーに打ち消せ
防衛研究所の報告書には、台湾のイメージを貶めた具体例が書かれている(44ページ)が、我が国もやられているのである。
2016年12月10日に中国国防省は「航空自衛隊の2機のF15が宮古海峡上空を飛行中の中国空軍機にデコイ・フレアを発射した。この行動は中国軍用機と搭乗員に対し極めて危険で、プロフェッショナリズムにもとる」と、航空自衛隊のF15の写真を掲げて非難した。しかし、その写真のF15は、その日に飛行任務に就いておらず、明らかに偽情報により自衛隊を貶めるために仕組んだ認知戦である。これは2013年に、中国軍艦が射撃管制用レーダーを海上自衛隊の艦船やヘリコプターに照射した事実を防衛省が公表して人民解放軍の危険な行動を国際社会に発信した仕返しと思われる。
2012年9月17日に中国共産党系のメディア「環球網」は「2006年3月4日、沖縄で住民投票が行われ75%が日本からの独立を希望した」と報じた。しかし、この日に沖縄が住民投票を行った事実はない。これも、あたかも沖縄県民の大半が日本からの独立を願望しているかのような偽情報である。
以上のような偽情報に対しては、公的機関がタイムリーに真実を発信して、中国の認知戦を失敗に終わらせなければならない。
7日のFNNは、認知戦への対処を防衛省の情報本部が担当すると報じた(https://www.fnn.jp/articles/-/455276)。情報本部は機密情報によって偽情報を見抜けること、同じ防衛省・自衛隊の行動把握が容易であること、また分析部では公開情報を毎日追っていることから、認知戦の担当としては適任かもしれない。しかし海上保安庁が撮ったビデオまでは管理できないので、政府全体での取り組みが必要だ。(了)
第276回 事実と異なる偽情報には即刻反応すべし
航空自衛隊が航空宇宙自衛隊に名称変更なら、海上自衛隊は海洋自衛隊にすべき。海自が守る領域は海上の他、潜水艦が活動する海中や海底も含まれる。中でも海底ケーブルはサイバー戦でも物理的標的となる可能性あり。また防研の中国レポートで指摘された認知領域にも要注意。事実と異なる偽情報には即刻反応すべし。