湾岸で二重の覇権争い
世界第3位の石油生産量を誇るアラブ世界の盟主サウジアラビアに世界第2位の経済大国・中国が接近し、両国は12月8日、「戦略的パートナーシップ協定」に調印した。世界のエネルギー資源の6割以上を擁するペルシャ湾岸では、40年前のイラン・イスラム革命で西側の権益を守るパーレビ王制が崩壊して以降、エネルギー資源をめぐって域内外パワーによる覇権争いが激化した。今日では、地域覇権を目指すサウジとイランの間、それに域外グローバルパワーの米国と中国の間で「二重の覇権争い」が展開されている。
かつてはイラクが地域覇権を狙い(その過程で起きたのがイラン・イラク戦争、湾岸戦争)、域外からソ連が介入(アフガニスタン軍事侵攻)したが、今はソ連の後継国家ロシア、イラクとも湾岸の覇権争いから脱落した。
サウジを取り込んだ習氏
サウジ(イスラム教スンニ派)を中心とする湾岸アラブ諸国は、最大の脅威と位置付ける域内大国イラン(イスラム教シーア派)の核兵器開発・保有を絶対阻止する立場から、米国を後ろ盾にした湾岸安全保障の枠内にイスラエルをも組み込む新たな対イラン包囲網の構築を主導してきた。しかし、幾多の戦乱・混乱に疲弊した米国が中東離れを進め、この間隙を突くかのように中国が湾岸の石油を狙って次第に影響力を浸透・拡大させてきた。
12月7日から9日まで、2016年以来となるサウジ訪問を果たした習近平中国国家主席は滞在中、サウジとの二国間首脳会談の他、湾岸協力会議(GCC)、アラブ諸国との首脳会議を立て続けにこなし、アジアと欧州を結ぶ巨大経済圏構想「一帯一路」推進の足がかりとしてサウジを「戦略的パートナー」に取り込むことに成功した。
「政経分離」への傾斜
湾岸における二重の覇権争いの関係は複雑だ。ウクライナ戦争でイランと中国はロシアとの関係を強め、米欧日の西側同盟に対抗して事実上の「3国枢軸」を形成した。イランは攻撃用ドローン(無人機)の提供でロシアを軍事支援するなど反西側に傾斜している。もしもウクライナ戦争がロシアの有利な形で決着すれば、イランの域内影響力がますます拡大するだろう。
対するサウジなど湾岸アラブ諸国は、欧米の対ロシア制裁に距離を置きつつ、ロシアや中国とのエネルギー協力を積極的に進め、世界の多極化に乗じた形で実利優先のバランス外交を展開している。湾岸アラブ諸国にとって、中国は石油・ガスの最大の輸出先である。サウジの2020年度日量660万バレルの原油輸出先を見ると、日本15%、米国7%に比して中国が26%を占め、武器輸入元では、総額17億2300万ドルのうち米国が81%と群を抜く。湾岸アラブ諸国全体を見ると、経済は中国に、安保は米国に依存する「政経分離」の傾向がうかがえる。
中国、アラブともに権威主義体制のため、人権問題などで互いに内政不干渉の原則を維持する。アラブ首長国連邦(UAE)やバーレンは中国製コロナワクチンを承認・導入するなど、社会分野でも結び付きを強めている。
イスラエルめぐり米・アラブ関係悪化も
米国を後ろ盾とするイスラエルの動向も、アラブ世界での米中の綱引きに影響を及ぼしそうだ。UAEなど湾岸アラブ諸国は2020年の「アブラハム合意」に基づいてイスラエルとの関係を正常化したが、今年11月のイスラエル総選挙を受けてネタニヤフ元首相を首班とする極右連立政権が年内にも誕生し、連立を組む極右の「宗教シオニズム」が政策綱領通りにパレスチナ人の排斥、ヨルダン川西岸併合などを推進すると、パレスチナ問題が再噴火するのは避けられない。
アラブ世界としては、イスラエルとの関係正常化を凍結し、米国が極右政権の無謀な政策を制止するかどうかを見極めることになるだろう。石油輸出国機構(OPEC)とロシアなどで構成する「OPECプラス」の石油減産で冷却した米国とサウジなどアラブ諸国との関係の一層の悪化が懸念される。(了)