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2023.02.27 (月) 印刷する

日経新聞の核融合報道に異議あり 奈良林直(東京工業大学特任教授)

日本経済新聞が2月22日夜の電子版「イブニングスクープ」で「核融合、特許競争力で中国首位、未来のエネルギーに布石」との記事を配信し、まるで日本が核融合の分野で大幅に遅れを取っているかのように報じていた。核融合の過去10年間の特許出願を点数化して、1位が中国だと主張している。23日付朝刊にも1面トップで掲載されたこの記事に関して、核融合に詳しい研究者の間で、強い批判のメールが駆け巡った

核融合実験を主導する日本

特許の効力は出願から20年で切れてしまうので、核融合のような非常に長期的な研究開発では、特許を点数化して優劣を比較してもほとんど意味が無い。国際熱核融合実験炉「ITER」(イーター)のプロジェクトを主導しているのは日本だ。我が国の実験装置JT60は1985年から運転して、投入エネルギーとほぼ同量の核融合エネルギーを30秒間取り出すことができた。投入エネルギーに対して何倍の核融合エネルギーが取り出せたのかを示す値をQ値といい、JT60ではQ値はほぼ1である。

各国がITERの誘致合戦を繰り広げ、結局、建設場所はフランスになったが、JT60の実績を踏まえ、核融合炉の主要機器は、強い磁場をつくる超電導コイルも含めてほとんどが日本製なのだ。最近、欧米では、小型核融合炉の成功を喧伝しているが、Q値はJT60と大差ないレベルである。

そのITERがあと2~3年で完成する。ITERのQ値は10で、5万キロワット(kW)の加熱で50万kWの核融合エネルギーが得られる。電気出力はその半分の25万kW、運転時間はわずか400秒だ。商業利用可能な核融合炉はQ値が40で、電気出力は100万kW、1年間つまり8760時間、余裕を見て1万時間の連続運転が必要だ。要するに運転時間を400秒の9万倍に増やす必要がある。

核融合で発生する中性子照射に長時間耐え得る炉壁の材料を人類はまだ手にしていない。核融合炉の商業運転は50年先とも100年先とも言われている。とにかくITERが運転を開始し、いろいろな実験をしてからでないと、核融合炉が実用化できるか否かも定かではない。米国のローレンス・リバモア国立研究所のレーザー核融合もQ値が1に達しただけだ。

勉強不足の報道はごめんだ

つまり核融合の真の実力を測るなら、特許出願傾向ではなくて、核融合炉を設計し、主要機器を製造し、壮大な施設を建設して運転できる力を評価する必要がある。

日本経済新聞はこれ以外に、「再エネ比率の70%の高みを目指せ」といった太陽光、風力発電の設備利用率や発電コストを無視した特集記事も10名の論説委員らの署名入りで掲載している。こんな経済原理を無視した「不経済記事」は他に見たことがない。国際エネルギー機関(IEA)などの発電単価や必要な鉱物資源価格に関する報告書くらい目を通してもらいたい。日本経済新聞と言えば皆が信頼している新聞だが、残念ながら記事のレベルは急降下している。(了)
 
 

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第323回 某新聞の核融合報道

それは核融合の特許数で中国が世界1位というもの。確かに数字だけ見ると急成長。ただし特許は20年経てば無効になる。後発国が特許数を伸ばす現象だけで開発先行とは言えない。日本は国際熱核融合実験炉ITERの開発を主導し報道されない地道な努力を継続している。まずはITERの連続運転時間を延ばすことが重要だ。