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2023.03.28 (火) 印刷する

歴史の真実に向き合わない尹大統領 西岡力(モラロジー道徳教育財団教授)

韓国では尹錫悦政権が打ち出した戦時労働者問題解決策と尹大統領の訪日の結果に対して、野党、左派言論から「屈辱売国外交」という非難の声が上がっている。学界でもソウル大学、高麗大学、東国大学、歴史関連53学会などが糾弾声明を出した。一方、与党、保守言論からは評価する声が上がり、激しい論争が続いている。

それを意識して尹大統領は訪日直後の3月21日の閣議の冒頭、「韓日関係を放置することは大統領としての責務を放棄することだ。反日を叫んで政治的利益を得ようとする勢力がいる」などと、日韓関係についての自身の考えを述べた。なんと23分間、マスコミに完全に公開されている中で、尹大統領は用意されていた原稿を強い調子で読み上げた。まさに日韓関係に関する演説だった。

日本では、尹大統領が韓国の反日を正面から批判し、高まる東アジアの軍事緊張に対処するために国内の批判を顧みず、日本との関係改善を急いだ点がおおむね高く評価されている。私も同じ評価に立つ。

しかし、私は演説全文を読み、尹大統領が歴史の真実に向き合わず、国際法違反の韓国最高裁判決を国内で処理することで日韓関係悪化を阻止しただけであると再確認した。だから、尹政権との付き合いは歴史認識における「アグリー・トゥ・デイスアグリー」、つまり認識が一致しないことを認め合いながらの期限付きの付き合いだと見切るしかない。それでも日本の国益になる。あくまでも日本の国益を最優先にしつつ、尹政権との関係改善を進めることだ。

いまだに強制連行・強制労働説

尹大統領の対日姿勢の本質はこの演説によく表れている。それを詳しく紹介しよう。

尹大統領は演説をチャーチル元英首相の「もしわれわれが現在と過去をお互いに競争させれば必ず未来を失ってしまう」という言葉で始め、前政権下で日韓関係が最悪となったことに触れた。大統領就任後に正常化策に悩み「出口のない迷路に閉じ込められた気分だった」と告白した上で、米中の戦略的競争、グローバルなサプライチェーン(供給網)の危機、北朝鮮の核脅威などのため、韓日協力の必要性が拡大したと述べた。仏独両国が過去を乗り越えたように、日韓両国も乗り越えなければならないとして、日韓関係は一方の利益が他方の損失になるゼロサムでなく、双方に利益を生むウィンウィンだと強調した。

確かに、中国と北朝鮮という共通の脅威に直面している日韓関係は、本来ゼロサムでなくウィンウィンだ。だからこそ、北朝鮮が執拗に日韓関係を崩そうと工作してきたのだ。

尹大統領は「厳しい国際情勢を背景にして、私までもが敵対的民族主義と反日感情を刺激し、それを国内政治に活用しようとしたなら、大統領の責務を投げ捨てることになると考えた」と述べ、尹氏なりの切迫感を吐露した。

その上で、1965年に朴正煕大統領が屈辱売国外交だという非難を浴びながら日韓国交正常化を行い、韓国の経済発展の原動力を生み出したと述べ、1998年に訪日した金大中大統領が小渕恵三首相と出した共同宣言が過去の歴史に終止符を打って共通の未来を開く礎石になったと強調した。屈辱外交という国内の批判への反論だ。

次いで、朴正煕政権と盧武鉉政権が二回にわたって実施した元戦時労働者への補償について具体的な数字を挙げて説明した後、尹政権の「解決策」ついて「1965年の国交正常化当時の合意と2018年の最高裁判決を同時に満たす折衷案として第三者弁済案を推進することにした。」と性格づけた。

韓国憲法第6条には「憲法に従って締結・公布された条約と一般に承認された国際法規は国内法と同等の効力を有する」と規定されているから、本来なら「折衷案」でなく最高裁判決は違憲だと言い切ってほしかったが、それはしなかった。だから便法なのだ。

折衷案だと言った直後に、尹大統領は「政府は強制徴用被害者と遺族の痛みが治癒されるように最善を尽くすつもりだ」と述べた。まだ、痛みが残っているというのだ。ここから、尹大統領が戦時労働者の強制連行・強制労働説をいまだに信じていることが分かる。

日本の「謝罪」を強調

尹錫悦大統領は次に、戦時労働者問題解決を屈辱外交だとする国内の批判に反論した。この部分を読むと、尹大統領が歴史の真実に向き合うことをせず、一時しのぎで日韓関係改善を図ったという、今回の「解決策」の本質がよく分かる。少し長いがその部分を拙訳で紹介する。

反論の冒頭で、尹大統領は正面から反対派に切り込んだ。

「韓国社会には排他的民族主義と反日を叫びながら政治的利益を得ようとする勢力が厳然と存在する」

この部分が日本の多くのマスコミで引用された。確かに思い切った表現で、李栄薫氏らが主張する「反日種族主義」批判と通ずるかに見える。しかし、それに続く部分を読むと、尹大統領は李栄薫氏らとは異なり、歴史の真実に向き合っていないことがわかる。

「日本はすでに数十回にわたって私たちに過去の歴史問題について反省と謝罪を表明している。この中で最も代表的なのが、日本が韓国植民地支配を特定して痛切な反省と心からの謝罪を表明した1998年の『金大中-小渕宣言』と2010年の『菅直人談話』だ。今回の韓日会談で、日本政府は金大中-小渕宣言をはじめ、歴史認識に関する歴代政権の立場を全体的に継承するとの立場を明らかにした」

尹政権が日本の過去の謝罪を指摘したのはこれが最初ではない。

1月12日の外務省主催の「強制徴用解決策議論のための公開討論会」で徐旻廷アジア太平洋局長が「この間、日本の内閣が何回も過去に対する謝罪と反省を表明した」と述べている。しかし、徐局長はそれに続けて、日本が謝罪を覆してきたと主張し、謝罪を受け入れなかった韓国の対応を弁護し、責任を日本に転嫁した。

岸田文雄首相は今回、謝罪という言葉を使わず、「1998年10月に発表された日韓共同宣言を含め、歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる」と述べた。引き継がれている歴史認識には、戦時動員は強制連行・強制労働ではないとする菅義偉政権の閣議決定も含まれている。尹大統領訪日直前の3月9日、衆議院安全保障委員会で林芳正外相が「(戦時動員は)強制労働に関する条約上の強制労働には該当しないものと考えており、これを強制労働と表現するのは適切ではない」と明言している。

そのことを尹大統領も知った上で、あえて日本が過去の謝罪を再確認したと韓国国内向けに強調しているのだ。今後、岸田政権が佐渡金山問題や教科書検定でその立場を明確にしたとき、尹政権が日本は謝罪を覆したと批判してくる可能性が残っていることを直視しなければならない。

戦時動員と南京虐殺を同列視

尹大統領演説のそれに続く部分が大問題だった。

「中国の周恩来首相は1972年に日本と発表した国交正常化北京共同声明で、日中両国人民の友好のために日本に対する戦争賠償要求を放棄すると述べた。中国人30万人余りが犠牲になった1937年の南京大虐殺の記憶を忘れたからではないでしょう。当時、周恩来首相は『戦争責任は一部の軍国主義勢力にあるので、彼らと一般国民を区別しなければならない。 そのため、一般の日本国民に負担を負わせるべきではなく、さらに次世代に賠償責任の苦痛を課したくない』と述べた。

国民の皆さん、これからは日本に堂々と自信を持って接する必要がある。世界に飛躍して最高の技術と経済力を発揮し、韓国のデジタル力と文化のソフトパワーを誇り、日本とも協力して善意の競争を繰り広げなければならない。今や韓日両国政府は、それぞれ自らを振り返り、韓日関係の正常化と発展を妨げる障害物を取り除く努力をしなければならない。韓国が率先して障害物を取り除けば、きっと日本も呼応してくる」(下線西岡)

尹大統領は、中国が30万人も日本軍に虐殺されながら我慢して賠償を放棄したように、韓国も日本の悪行を我慢して日本からの賠償を放棄しようと呼びかけているのだ。その上、そうすれば日本も呼応してくる、つまり、日本が中国に莫大な経済協力を行ったように、韓国に対しても譲歩してくると国民を説得しているのだ。

先に見たように尹大統領は「政府は強制徴用被害者と遺族の痛みが治癒されるように最善を尽くす」と述べている。合法的な戦時動員により数年間日本の民間企業で働き、高い給与を得て朝鮮に帰り、韓国政府から2回の補償をもらった戦時労働動員対象者の痛みとは何だろうか。尹大統領は、歴史の真実に向き合っていない。だから、戦時動員と南京虐殺を同じ脈略で語ることができるのだ。

日本に必要な尹政権の本質把握

2018年に最高裁が問題の判決を出したのは、実は尹錫悦大統領に責任がある。歴史の真実を重視する韓国の韓日友好派は、これを尹大統領の「原罪」と呼んでいる。

2018年の判決は2012年の最高裁小法廷の差し戻し判決をほぼそのまま踏襲している。2012年判決に対して当時の朴槿恵大統領が危機感を持って最高裁に働きかけ、確定判決を出させなかった。ところが、朴槿恵大統領弾劾後、検察がその働きかけを不法な司法介入だとして刑事事件化した。外務省は家宅捜索を受け、梁承泰前最高裁長官が逮捕された。すでに収賄罪などで逮捕されていた朴槿恵氏もこの件で追加起訴され、有罪判決を受けた。その時の捜査責任者が当時ソウル地検長の尹錫悦氏だった。左派野党は今回の尹政権の「解決策」を不法な司法への介入として反対している。左派が再び政権を取ったとき、尹氏逮捕もあり得るということだ。

私は様々のところで論じているが、日韓間の歴史認識をめぐる外交紛争の解決策は、大きく分けて二つある。 

第一の解決策は、歴史の真実に立脚し、戦時労働者や慰安婦の強制連行説や奴隷労働・性奴隷説はウソだと断定して、そのウソを広げた日本と韓国、そして国際社会の反日勢力と全面的に戦うものだ。

第二の解決策は、ウソとは戦わず、「被害者」の救済が必要という前提に立ち、1965年の日韓基本条約と請求権協定で日本の補償は全て終わっているから韓国内で被害者へ補償措置を行うというものだ。

3月21日の演説で確認したとおり、尹政権の「解決策」は強制連行・強制労働説が真実だという立場に立つ。その立場に立つ限り、被害者が加害者の行うべき補償を肩代わりするのは屈辱売国外交だとする尹大統領批判には一定の支持が集まる。

尹錫悦大統領はウソと戦わず、最高裁判決を否定せず、折衷案で時間稼ぎをして日韓関係改善を図った。日本はその本質を把握しながら、国益につながる関係改善を注意深く進めるべきだ。(了)
 
 

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